歯医者終了と「もう君以外愛せない」そして、刺激的なレッスン。
ひとつ前にアップした日記にたくさん反響をいただき、ありがとうございました。
以前の日記からの転載部分も多かったのに、たくさんの拍手や拍手コメント、反響をいただき、とてもうれしかったです。
最後のところに拍手コメントの返信は載せさせていただくとして。
ここからは昨日の日記です。
昨日、半年以上の長きに渡りずっと続いていた歯医者通いが、ついにおしまいになりました。
金曜日は歯医者の日ということで。
必ず毎週、10時45分から歯医者に行き、そのあと筋トレへというパターンでした。
通い始めた頃はコロナの感染が少し減っている時期だったのが、だんだんにまた感染者が増えてきて、怖いかも?と心配になったりもしましたが。
入り口での検温が徹底していたし。
受付の前にも透明ボード、患者さん同士の距離もちゃんと取ってくれていて。
あまり長く待たされることもなく、とても要領よく上手に患者さんを回してくださっていて、本当に助かりました。
さて。
実は昨年のラストの歯医者の日、わたしはこんなツイートをしました。
歯医者にて。ちょっと怖い治療をドキドキしながら待っていて。
— レイン (@raintalk) 2020年12月25日
呼ばれた途端見知ったピアノのアルペジオ。
「君が一瞬でも〜♪」の声と共に椅子に座る。
ひゃーん✨なーんて偶然‼️
究極のグッタイミング‼️
ファン歴20年も優に超えて、ファンなりたてみたいな謎の不思議テンションな今日この頃w
言わずと知れた「もう君以外愛せない」です。
多分有線放送だと思うのですが、まさかのタイミングでKinKi Kidsの歌声が聴けて、心穏やかに治療スペースへ。
これが12月25日の金曜日の話だったわけですが。
なんと昨日1月8日金曜日にもまた、同じく歯医者さんの待合室で「もう君以外愛せない」が流れてました。
すごい偶然!!
さすがに偶然過ぎて、運命としか思えない!!とひとり悦に入るKinKiファン(笑)
発売からどれだけ時間が経ってるの?という感じですが、この曲がいまだに不意に外で聴けるしあわせ。
午後はホルンで音大へ行き、昨年春に大学院を出たYちゃんのレッスンの日でした。
わざわざ2週に一度、都内からうちに来てくれています。
大学院を出た子にわたしが教えることがあるの?と最初は半信半疑だったのですが、ホルンはともかくピアノの腕前はわたしが教えていた頃からそんなに変わってない・・・とのこと。
今はオーケストラの欠員募集もほとんどないし、吹奏楽関連の指導の依頼とか、フリーの仕事もむずかしいご時世なので、ピアノの腕を磨き、ピアノの先生になれるくらいの実力をつけて、レパートリーを増やしたいそう。
わたしが小さい頃、山口県の片田舎で一時期習っていたピアノの先生もバイオリン専攻の方でした。
そっか、ピアノや声楽ではなく、楽器専攻で音大を出た子たちも、町のピアノの先生になるケースは決して稀な話ではないわけで。
だとすれば、まだまだ教えてあげられることはあるかも。
そんなこんなで始まったご縁ですが、彼女はもともと超楽天的でとにかく明るいので、再スタートしたレッスンはいつだって笑いが絶えず、とても楽しいです。
共通の友達はイメージできると思うのですが、某北欧の友人親娘と容姿がそっくりで。
さらさらのロングヘア、エキゾチックな顔立ちといい、ご家族か?というくらいそっくりなので、ついつい彼女と話し、彼女に教えているような気分になります(笑)
ああSさん、元気かなぁ(涙)
モデルさん?という容姿と、ちょっと憂いを含んだ大きな瞳をした美女・・・ですが、それは黙っていればのお話で(笑)
一言喋り出すとずっと「がはは」と笑い、どこかねじが一本抜けてる感じ。
相手を瞬時にリラックスさせて、自分を出せるようにしてくれる、魅力的でとてもおもしろいコです。
きっとピアノの先生にも向いていると思います。
吹奏楽部だった中2の時に、急にどうしてもホルンで音大に行きたいと言い出して、ほとんど初歩の初歩から手取り足取りピアノを教えてあげました。
まあびっくりするほどメキメキと成長して。
高3になって、受験する大学の先生へと橋渡ししたのに、楽典と聴音があまりにダメダメの落第点。
受験用の先生の講義について行けず、どこかで補習して来いと言われた!もうダメだ!と舞い戻ってきて(笑)
補習レッスンお願いします・・・と3か月くらい、ほぼ毎晩来てました。
学校や塾が終わってからなので、夜9時から、土曜も日曜も返上と、わたしのスケジュールが超過酷になって、めちゃくちゃTwitterとかで愚痴っていたので、覚えてらっしゃる方もいるかも?(笑)
もう7年前くらいの話ですけれど。
中2で始めたということは、いくらピアノが上手になったとはいえ、最短ルートでベートーベンのソナタやバッハの平均律まで行ってしまっているから。
圧倒的に普通の小品や有名曲、エチュードのレパートリーが少なくて。
今後彼女が先生になって教えるにあたり、やっておきたいもの、一度はさらっておくべきものは、どこからでも、どれだけでも。
なんとなく誰もが不安な昨年の緊急事態宣言明けの時期。
とてつもなく明るくて、お互い気心を知り尽くしているかつての生徒がレッスン室に戻ってきたことで、明らかにわたしも元気になれた気がします。
ありがたいことだなぁ。
幸いなことに・・・彼女、入り口で終わってしまったツェルニー40番をふたたびやりたいと言い。
バッハもインベンションからやり直したいということで、これらはたまたまわたしが自粛期間中にたまたま復習に取り組んできた、ど真ん中な内容ではありませんか!!
未来にまた彼女を教えることになることは、実はもう決まっていた未来で。
それをわたしの第六感が本能的に察知して、わたしがこれらのテキストを再度勉強していたのでは?と思うくらい、すべてのピースがうまくはまった感(笑)(笑)
いやいやもちろん偶然なんですけどね~(笑)
こんなことがあるんだなぁ・・・
今の大学や大学院の話を聞けるのもとても興味深いし、対面レッスンができなくなった時のホルンのリモートレッスンの話やノウハウも知れて。
いろいろ知らない世界の話を聞いたり、昔話に花が咲いたり。
かと思うと、彼女が本領を発揮してすごく魅力的に楽曲を弾いてきて、刺激を受けてわたしがメラメラしてきて、よ~し!とねじを巻いて弾き比べとかしてみたり・・・
とてもおもしろいことになっています。
とはいうものの、彼女にとっても今は我慢の時で。
世の中が完全に元に戻ればきっと本業のホルン漬けの日々へと戻っていくのでしょうし。
今はお互いにとってできることをやる時期ということで、存分に楽しみたいし、刺激を受けてわたしも一緒にがんばりたいと思っています。
さて。
ここからは拍手コメントへの返信です。
入れてくださった方々、ぜひお読みくださいね。
昨日の午後、拍手コメントで「それぞれ認め合い支え合いの生き方はあこがれです。」とおっしゃってくださった方。
同じ気持ちの方がいらしてとてもうれしかったです。
かの方々の生き方はまるで目の前で繰り広げられたお手本のようでもあり。
そういう世界を構築することは可能なんだなぁという希望でもありますね。
わたしの文章はイマイチでしたが、真意がなんとか伝わって、彼らのお話に泣けたとおっしゃってくださってうれしかったです。
そして一昨日の拍手コメント。
「まだファンになったばかりなので、5年前含め、いろいろ知れてうれしかった。」
とおっしゃてくださった方、ありがとうございます。
お役に立ててうれしいです。
さらに「最近更新が多くてうれしいです。」とおっしゃってくださった方、ありがとうございます。
そんな風に言っていただけて、本当にしあわせです。
そしてY.S.さま、福島は予報通りそこまで雪はひどくならなかったですか?
雪かき、いかにもお得意そうだなぁと思ってましたよ!!
でも、どうぞお怪我などなきよう、お気をつけてくださいね。
そして、O正月のコンサート、確かに剛さんがたくさん踊ってましたね~
配信で無観客だったことから、必要以上に大きい音を出す必要がなくて、ヘッドフォンなしでいけたことと関係しているのでしょうね。
ふたり並んで踊っている姿も素敵でしたし、新しい可能性がたくさん見える希望のある配信ライブで、本当によかったです。
先日、コロナ禍で、何がなんでも生が一番とは限らないというのが発見だったと書きましたが、お客さんがいないことで、耳に負担が減り、やりやすいというのもあるんだなぁというのも発見ですね。
辛いことが多い今日この頃ですが、あちこちに「新しい時代」の「希望」が見え隠れもしていて。
今は我慢の時ですが、コロナ後の世の中は、もっとさまざまなことが柔軟になって、もう少し誰もが生きやすい世の中になることを期待したいと思います。
シミーさんのこと。そして思い出した5年前の日記。
一瞬タイトルにお名前を入れてしまおうかと思ったのですが、あまりにも失礼だと思ったので、わかる人にはわかる某現場の愛称で(笑)
ここからはわたしのブログなので、ちゃんとお名前を入れて書きます。
O正月コンサート2021で、久しぶりにシミーさんこと、清水ひろたかさんがバンドメンバーの中にいらっしゃいました。
久々にその音に触れた清水さんは、とてもお元気そうでうれしかったし、相変わらず素敵なギターの音色やフレーズに痺れつつ堪能させていただきました。
清水さんといえば、以前書いた日記の中でとりわけ印象に残っていることがあります。今回コンサートでお姿を拝見し、そのことを思い出しました。
あれは2015年の剛さんのソロライブツアー、TU FUNK TOURのオーラス、国際フォーラムでの出来事です。
その時の感想は、先日のO正月コンサートの感想と、どこか印象が近かったです。
わたしがずっと夢見ていて「そうなったらいいなぁ」と思う世界観が、目の前に広がっていたような気がしたのです。
ちょっと大げさだけど、新年だから披露してしまうと・・・
生きている誰もが、みんな自分の個性を失わずここぞという場面で持てる力を発揮できて。
我慢したり無理に合わせようとすることなく。
人を支配しようとしたり、支配されたりすることなく。
みんな笑顔で、平和に楽しく共存できる社会。
そんな世界になったらいいなぁとずっとずっと思ってて。
2015年の時も、そしてつい先日の「O正月コンサート」も。
どちらも「それってこういう景色じゃないの?」と思えるような素敵ライブでした。
真ん中のKinKi Kidsの気持ちはもちろん、参加されたミュージシャンや音楽家さんたち、スタッフさんたちの想いが、心穏やかに温かく、時に熱い想いに彩られながら、剛さん流に言えば「ひとつ」になったと感じられたライブでした。
きのうの朝、友人たちと発作的に(笑)ひとしきり語り合っていたのですが、最新のコンサートについて語り出すと止まらなくなりそうなので(笑)
今回は、5年前の話の方をご紹介します。
最近、新しくファンになられた方がたくさんのぞいてくださって。
時にメールをいただいたり、時にTwitterで話しかけていただいたりもして、とてもうれしく思っています。
アマプラの影響かな?とも思いますが、KinKi Kids、ファンが増えてるなぁという手ごたえを感じます。
KinKi Kidsをきっかけにソロのことも一緒に知りたいですと言ってくださる方たちもいらして。
ふぇるまーたは別に入り口を分けてもいませんし。
わたしはソロもKinKi もどっちも同じくらい好きなファンなので、それらの方々に、5年前にもこんなことがあってね!・・・と読んでいただけたらいいなぁと思い、再掲します。
ぱ~んとリンクを貼り付けておしまいにしようかとも思ったのですが、あまりにもいらない文章が多すぎるので、少し編集加筆しました。
ああ、あの話ね!という方もいらっしゃることと思われます。
よかったらどうぞ。
続きを読むだらだらと今日の出来事。まさしく日記。
わたしは2か月に一回、定期的にアレルギーとと高脂血症の薬をもらうために内科に通っていて。
たまたま前回からちょうどふた月経ったあたり、今日が予約の日でした。
年末どんどんコロナの感染者が増えてきて、正月明けに病院へ行くのは怖いなぁと思っていたのですが、だからと言って、来週に延ばせば安心して行けるようになるとも思えず。これは覚悟を決めていくしかない・・・ということで内科のドアを開けたら・・・
いつもぎゅうぎゅうに人がいっぱいなのに、会計待ちの人が一人だけ。
肩に力が入ってたわたしは、一瞬拍子抜けしつつ、とてもホッとしました。
ありがたかったです。
考えてみれば、今は誰だってなるべく内科に行きたくないものね~と思いつつ。
予約時刻よりかなり前に、ほんの数分で診療が終わり、ほとんど誰にも会わず、先生と会計の方以外、誰ともおしゃべりすることもなく、無事、家に帰り着きました。
先生によれば、感染を避けたいなら、まずはとにかく、家以外で人とお酒を飲まないこと。それに尽きるよ!とのことでした。
我が家は幸いにも昨年の3月ごろから、誰も外でお酒を飲むことはしておらず。
息子の会社も会食や忘年会など、夜の会食的なものは一切しない方針なので助かってます。
アネはそもそもほぼ在宅ワークで機会がないし、ちょっと安心しました。
ただし夜に限らず、昼に映画を見て、帰りに友達とラーメン屋で乾杯~♪とビール一杯だけでもやめた方がいいからね!!とおっしゃってて、そりゃそーだ。
とにかくちょっとでもお酒が入ると気が大きくなって、大声になったり、いつもよりマスクを外している時間が長くなりがちだから、外での飲酒が一番要注意とのことでした。
子どもたちにも、よ~く言っておきました(笑)
その後で筋トレに行こうとしたら、今日が始業式の小6のうちの生徒3人娘にばったり。
店仕様の、マスクを取らずに水が飲める布マスクをしていたのですが「せんせ~い!!!」と遠くから手を振ってくれました。
わたしが自転車で走り去る後ろから「先生、ピンクのマスクだ!」「先生、ピンクのマスクしてたね!」「先生ったらピンクのマスク・・・」と口々にさざなみのように言っているのが聞こえてくすくす(笑)
ピンクじゃないってば、薄いバイオレット!!!・・・まっいいけど(笑)
絶対にあのあと、わたしが格好のネタになってたな!と思いながら走り去りましたよ。
筋トレの店に着いたら、目立つところに張り紙がしてあって。
「ここのところ、感染対策で筋トレ後のストレッチは中止していましたが、来週から全面的に復活させます!」と書いてあり。
ええーーっ!?緊急事態宣言が出るかどうかという今ですか??とびっくり。
きっとあちこち、どのタイミングでどうしていいものやら、混乱しているのだなと思います。
またルールが変更になる可能性も大いにあると思うけれど、ほんとひとつ何かするたびに、このまま続けていいのだろうか?とものすごく迷いが生じる今日この頃です。
そして、気がつけば今行っているカーブスに通い始めてはや10年目となりました。
元々いつもバタバタで行って急いで帰るので、ほとんど空気のような存在のわたしは、たまたま行き会った方々に挨拶程度・・・という感じだったのに。
それでもさすがに顔見知りの方々も増え・・・
ついに今年の初筋トレでは、勝手にこっそり怖そうな常連の大御所さんたちだなあと思っている方々が、向こうから「今年もよろしくお願いします」とあいさつに来られるではありませんか!!
わたしもすれ違えばもちろん挨拶はしますが、遠くから回り込んでまで、わざわざ言いに来てくださったので、ひたすらぺこぺこし挨拶を返しつつ、仰天して固まってました(笑)(笑)
ややや?いつの間にかわたしも大御所の域に??
実は向こうからも「すごく怖そうな常連」とか思われてたりして(笑)(笑)
いやいやいやいや(大汗)
とはいえ、コロナ禍もあって、ますます挨拶以外の私語は一切しなくなったし。
マスクをしたままだからお互い表情がわからないし(笑)
時々消毒液を手に吹きかけつつ、淡々とサーキットを回り、プロテインを飲んで消毒して、気がつけば風のようにいなくなる。
それを週3ペースでまったく変化もなく、淡々と10年も続けてれば・・・やっぱり怖いかも!!!(笑)
そしてそろそろ曲がり角かなぁ?とも思い始めてて。
カーブスはもうちょっと年を取ってからでも十分にまたやれるし。
元々少しでもほっそりしたいだけと思ってたのに、最近ちょっと腕とか背中とか、ムキムキし過ぎてヤバイ感じだし(笑)
コロナが収まってきたら、またヨガに通おうかなあと・・・近所のヨガのレッスンのお試しを考え始めました。
何にせよ定期的な運動はしていたいです。
さて。
ピアノレッスン終わりに、バッハのゴルトベルク変奏曲を聴きながら、ぼーっと見ていた雑誌に「里芋」は縄文時代、実は主食だったと書いてありました。
里芋、大好きです。
(ついでに言うと縄文時代にもものすご~く興味があります!)
里芋は、安くなっているとついついたくさん買ってしまいます。
煮っころがしにしてもいいし、けんちん汁や豚汁にたっぷり入れるもよし。
冷凍してストックしておくと、少しだけ欲しい時にも使えて便利です。
一昨年くらいから、お習字教室をやっているお隣さんが、お庭の隅っこに里芋を植えていて、毎年のように収穫した里芋をいただくようになりました。
下で雨宿りができそうなくらい大きな葉っぱが、夏の間ものすご~く茂ってます。
そしてあれっ!?葉っぱがないぞ?と気がついた時には、いつの間にか収穫されていて。
ご近所中に配っているようなので、ずいぶんたくさんできるんだなぁと思っていたら・・・
種芋ひとつ植えておくだけで、ほぼほったらかしで結構な量の里芋ができるのですって。
味も売っているのと全然変わらない、とてもおいしい里芋です。
あの葉っぱの下にあの大量のお芋が?と思うと不思議です。
そのことを思い出しながら、雑誌の続きを読んでいたら、やっぱり里芋は育ちやすくて、冬の間使った分の残りをまた埋めておけば、自然と大きな種芋と小さな小芋がいっぱいできるから縄文時代はそれを主食にしたのだろうとあって、とても納得しました。
雑誌には、大鍋でいっぱい茹でたおいしそうな里芋の写真が載っていて。
熱いうちに、そのお芋においしい塩を振ってシンプルに食べてもおいしそうだなぁと思いました。
それこそ主食的だなぁとも。
最近災害もとても多いし、いつか食糧難が来るかもしれない・・・と最近あちこちで読むのですが、そんな時、庭に里芋っていいんじゃないの?と思ったので、そう書いておこう・・・もちろんそんなに簡単じゃないかもしれないけど(笑)(笑)
新しい年の始まりに
新年あけましておめでとうございます。
こんなのんびりなブログではありますが、今年もどうぞよろしくお願いします。
今年のお正月は本当にあっという間に過ぎました。
KinKiファン的にはライブ配信があったり、さんまのまんまに久々にふたりで出演したり・・・楽しかったなぁ!しあわせだなぁ!と思うことがたくさんたくさん!
そして玉置浩二さんのファンとしても、ぎりぎりになって突然情報が舞い込んできた紅白とか、WOWOWの番組もあって、こちらもまたしあわせてんこ盛り!!
とても充実していました。
(その話はできれば別途!)
あとはプリンターの調子がとんでもなく悪くて、年末ぎりぎりまで年賀状でてんやわんやだったこと(笑)
なので今年の年賀状は多分、地元以外、元旦に到着しなかった分が多数出てしまったのではないかと思われます。ごめんなさい。失礼しました・・・
そんなこんなで、お正月中、興奮しているか、あるいは疲れ果てて何もせずぼんやりしているかの二択で、どっちにしても使えない人になってました(笑)
幸いにもおせちはたっぷり作ったので、おさんどんに煩わされることもなく。
例年になく、めんどくさいからという理由で!?お雑煮も何度も食べました(笑)
そうそう。年末に見慣れないメーカーの「お餅がくっつかないホイル」というのをホームセンターで買ってきたのですが、これがまったく使えないホイルで、トースターでお餅を焼く時に使ったら、くっつきまくりの大失敗だったのでありました(笑)
くっついたお餅はどうやってもホイルからはがせずに、食べられる部分が半分くらいになったんじゃないの?と家族から大ブーイング。
なので、次に雑煮の餅を焼く時は、いつもオーブンでお菓子を焼く時に使っているクッキングシートでいいや!とそれを使ったら・・・お餅はまったくくっつかず。
「お餅がくっつかないホイル」とはなんだったのだ?と思ったことをここに報告しておきます(笑)
そして。
年賀状と言えば・・・ひとつ前の日記で書いたSちゃんの後日談。
本当はお別れのお手紙を書きたかったけれど、お母さんを下手に刺激しない方がいいのでは?と出すことをあきらめたのですが…
年賀状ならまあいいだろう?どうせご家族に見られて困ることを書くわけじゃないし・・・と年賀状を出しました。
添え書きには
「お勉強、どうぞがんばってね!
先生(わたし)のところに来ていても、たとえやめちゃっても。
これからもずっと、いつだって先生はSちゃんの味方で町の応援団のひとりです!」
そんな風に書きました。
そうしたら・・・元旦の午後、すぐに我が家のポストにお返事が投函されてました。
ピアノのレッスンがなくなり、すごーく悲しい日々を送ってます。
高校生になったらまた再開したいです。
と書いてあり。さらに何よりもうれしい言葉
今もこれからもずっとピアノは大好きです。
息抜きとして弾いていきたいです。
勉強もがんばります。
とちゃんと書いてあったのです。
そしてていねいに「これまで本当にお世話になりました!」とも。
ああ、真意はちゃんと伝わったなぁとうれしくなりました。
そんなこんなでちゃんと報われたと思ったし、お互いに伝えたいことはちゃんと言い合ったので、たいそう満足しました。
この件に関しては、たくさんの方々に励ましのメールやら、拍手コメントやら、TwitterでのリプやらDMやらをいただき、本当にありがとうございました。
Sちゃん姉妹が意外とたくましいから安心したとおっしゃってくださった方。
お母さんももしかしたらコロナでストレスが極限なのかもしれませんね?とおかあさんの気持ちに心を寄せてくださった方。
もしかしていやがらせのようなことをされたのは、娘と先生があまりに意気投合しているので、ジェラシーもあったのでは?とおっしゃってくださった方々。
もうちょっと生徒とはちゃんと距離を置いてつきあった方があなたが楽だと思う!とわたしを思って言ってくださった方。
わたしはどうあれあなたの味方よ!!とひたすらに寄り添ってくださった友人たち。
様々に反響をいただき、本当にうれしかったです。
ありがとうございました。
さて。今年はどんな年になることでしょう。
コロナ禍で、緊急事態宣言間近?とも言われているし、もしかしたらまたレッスンを止めざるを得ないかも?とも思っていますが…
どうあれ健康第一ですから、今は流れに逆らわず、その時々、できることをしていこうと思っています。
今日の午前中、新年ひとつ目のレッスンは出張で、4年生と1年生の姉妹のお宅に伺いました。
昨日今年最後の出張レッスンで、次の月曜は正月明け4日だった。
— レイン (@raintalk) 2020年12月29日
小学校は5日から。
ゆっくりしたければ、振替しましょうか?と言ったら「大丈夫。どこも行けないしお友達とも遊べないので、我が家は先生とのピアノが唯一の冬休みのレジャーで楽しみです!」と言ってくださった。
この上なく幸せ♡♡
上のツイートをした、そのご家族のおうちです。
毎年一回目のレッスンでは、ほんのちょっとずつ、文具やその子に合わせて選んだ生徒たちが喜びそうな小さなものをお年賀として渡します。
ここ一年、ふとした会話などで得たプチ情報が試される時がやってきました(笑)
今日の生徒たちは鬼滅の刃に凝っているので、それぞれの推しキャラクターの小さなキーホルダー。
妹はピンクが好きなので、かわいいピンクのすみっこぐらしの自由帳や消しゴム。
おねえちゃんはスケッチが上手なので、スケッチブックや音符や楽譜を書きやすいやわらかい鉛筆などなど・・・
そんな小さなグッズと共に、自信作なプレゼントがこれ。
これ、何が優れモノって、初級用、中級用、そして超簡単、サビだけバージョンと3種類ものアレンジの楽譜が入っているのです。
サビだけバージョンはピアノを始めて半年の妹にぴったりだし。
しばらくすれば初級も弾けるようになると思われるし。
4年生でソナチネを弾いているおねえちゃんには中級バージョンがぴったり。
そして案の定、とてもとても喜ばれました。
いっぱい笑った楽しいレッスンの終わり、そろそろ帰りますと言ったら・・・
ここのお宅はいつもなのですが、ご在宅の時はおとうさんも含め、家族全員でわざわざ階段を降りて玄関までお見送りしてくださるのです。
ありがたいやら、申し訳ないやら・・・でもうれしいなと思いつつ。
来週レッスンができるかどうかはわからないけど、今年も一緒にたくさんピアノを弾こうね!といつも通り、エアハイタッチ(コロナ禍だからね!)して帰ってきました。
おっとラジオの時間を過ぎちゃった!
そっちは明日の朝タイムシフトで聴くことにして・・・そろそろ寝ます。
明日もどうぞ、穏やかな日でありますように。
ピアノのこと。配信見て良かった!なこと。「でもさ♪」(はるかちゃん風)の成仏。
今月の最初の日曜日。6日は、夕方6時から中2の生徒、Sちゃんの振替レッスンでした。
彼女はうちの教室で自他共に認める、最もピアノが好きな子です。
毎年当然のように合唱コンクールの伴奏者に選ばれてきたし、ベストピアニスト賞を取ったり、部活の吹奏楽部でもフルートの要でもあるのに、先生から他の子ではムリだからピアノパートを任されたりしてきました。
そんなSちゃんが、どうも様子がおかしくなって遅刻がちになったのは夏休み、8月頃からでした。
お母さんに、今の塾は頼りないから塾を替わるようにと言われたそうで
「8月は切り替わりの時期で、もったいないから二つの塾の両方に行かなくてはならないの」
とSちゃん。
それじゃなくても吹奏楽部は朝練もあるし、毎日遅くまで部活があります。
大変だろうけど、夏休みだけのことだろうし、大目に見るしかないかなぁと思い、見守ってきました。
それが2学期になってもちっとも彼女の忙しさは改善せず。
聞けば、ふたつの塾と、小学校以来の公文も結局全部やめることはできなかったそう。
部活の後、月曜日から土曜日の放課後は10時頃まで全部埋まってしまったというのです。
でも、どうしてもピアノはやめたくないということで。
これらを全部やれるならピアノも行っていいといわれたそうで。
ある週は週末の部活の前、早朝8時半や9時から。
ある時は、日曜日の午後6時とか7時から。
隙間が空いたと土曜日の午後8時に突然来たり。
それはそれはムリを重ねてやってきました。
それでもどうしても来たいということで、大変な思いをしながらピアノに通ってきてくれていました。
でも所詮ムリなものはムリなわけで、ほんの隙間に寝過ごしたり、うっかり忘れたりということも起こり始め。
すっぽかすことはないものの、遅刻が増えたのも事実。
お休みの日に時間が大幅にずれるので、うちの家族からもブーイングが聞こえたりして、困ったなぁと思っていました。
さらに困ったことに、2学期に入ってから、お母さんとなかなか連絡が取れなくなり、レッスン日の確認がとてもむずかしくなりました。
何度確認メールをしても半分くらいしか返信をもらえないのです。
早めに聞いてあげればお返事も早いかしら?と1週間前にメールしても返事は当日の朝突然だったり。
こちらからのお返事を催促するメールを無視されたり。
そもそも家の電話番号は学校にも教えない方針なのでということで、教えていただいておらず、メールだけが頼りで、こんなに時間がバラバラなのに、連絡が取れないというのは本当に困ったことだと思っていました。
お月謝はきちんといただくのですが、親御さんと連絡が取れないストレスと、あまりにもぐちゃぐちゃなタイミングで突然入るレッスン。
おかしいな、おかしいなと思っていたものの・・・生徒のピアノのモチベーションはまったく下がらないし、ピアノもがんばった甲斐あって、どんどん上手くなるので、大目に見ておりました。
さて。
最初に戻って・・・
12月6日、午後6時からと思っていたレッスンは、彼女がうっかり寝てしまい、かなり時間が経ってから本人が大慌てて電話してきて、午後8時からに変更になりました。
その間、わたしも黙ってただただ待っていたわけではなくて。
もしや寝ちゃった?と思い、10分過ぎ、20分過ぎ・・・と、何度もおかあさんに「来てませんがどうしましたか?」とメールをしました。
以前ならすぐに気がついて起こして連絡をくださったりしていたのに。
ここのところのパターン通り、今回もまったくなしのつぶて。返信なし。
せっかくの日曜日、食事を待たされているうちの家族も怒り出すし、それはそれは険悪ムードの中。
例によって彼女は平謝りしながら飛んできました。
そしてうっかり寝てしまったことが不本意だった証拠に、寒い中、部活のジャージだけ、上着も着ずに靴下も履かずに飛び出してきて、しかもショパンは完璧な出来栄えで、ピアノから少し気持ちが離れてるなあともちっとも思えずで。
忙しいのはわかるけど、今後はこれじゃ困るわよ?と少し厳しく言った後は、いつも通りとても楽しくレッスンをしました。
なぜお母さんがメールを返してくださらなかったのかは藪の中。
寝ていることに気づいたのに、なぜ見て見ぬふりだったのか?
さらに、あれだけメールをして、2時間も遅れたのだから、一言くらいおかあさんから何かあってもよくない?とも思ったのですが、何もなく・・・
不審に思ったものの、バタバタになってしまい、その後はすっかりそのことごと忘れてました。
そして、翌月曜日。
次のレッスン予定日の前日、突然連絡が途絶えがちだったおかあさんから、電話がかかってきました。
震えるような声で、かなり思いつめた風で。
「突然ですが、ピアノをやめさせてください。」というのです。
「生徒本人は納得しているのですか?」と聞くと「いいえしていません。わたしの一存で電話をしています。」とおっしゃるので二度びっくり。
そりゃそうでしょう。
「次はこの曲をやりたい!ちょっと見せて?」とうちの楽譜を持って行ったばかりだったし、火曜日ね!と言って、笑顔で手を振って、いつも通り別れたのですから。
お母さんがおっしゃるに、中2の彼女が勉強に身が入らないのはピアノのせいで、一度彼女からピアノを取り上げなければ取り返しのつかないことになると思い込んでいらっしゃるようでした。
「ピアノがSの隠れ蓑になっていて。現実逃避の道具になってるんです。」
とお母さん。
彼女は常に学年でトップグループに入っているそうだし(同級生から聞くところによれば)学力において、まったく心配するような状況とも思えないのですが、とにもかくにもお母さんはそう思い込んでしまっていて。
焦るあまり、塾も増やし公文も行かせ、追い込めばピアノをやめたくなると思ったのに、どんなに忙しくしてもやめたくないと言うんです。
それなら、先生の方からやめさせたいと思ってもらえればと思い、ずっとこちらからの連絡をあえて絶っていたのですよ?
先生が呆れて「もうこのコはダメ」って「先生から」言っていただきたかったのに・・・そんなサインはいっぱい出していたでしょう?とおっしゃるではありませんか。
ええええーーーっ!?そうだったの?
それならそうだと言ってくださればよかったのに(涙)
そんなまどろっこしいことしなくても「やめるようにもっていってください」って直球で言ってもらえれば、協力もした・・・かも??(いや、どうかなぁ、笑)
要はわたしもまた鈍感で、KYで・・・おかあさんの思惑通りにはならなかったというわけです。
そんなこんなで鈍感なわたしに耐えかねたお母さんは、わたしへと直訴してきたというわけでした。
なんでこんなことになっちゃったのだろう??
みんなが疲れだだけで、誰一人しあわせになれないよ。
動揺を隠しつつ・・・
「何のお別れもしてないし、彼女もやる気満々で別れたところだし、せめて明日のレッスンで終わりではダメなのですか?」
とお聞きしたところ。
「もう会わない方がいいと思うのです。先生と会うと、またピアノが弾きたくなっちゃうから・・・」
「実際レッスンから帰ると憑りつかれたように弾くんです!それが一番困るんです!!」
って。
いやいやいや。
ピアノの先生としては、それこそが理想形なわけで。
どんなに練習しない子も、うちでレッスンを受けて、やる気を出して帰ってもらうというのは、わたしがこれまで時間をかけて仕向け、辛抱強く育ててきたことで。
そこを全否定されてしまっては、どうにもこうにも今後の展望がありません(涙)
そして、彼女は決して練習好きではないから、きっとこれからも「練習しなさい。」と言わないわけにはいかないと思われるし。
これはダメだ。どうにもできない・・・
ということで、わたしも納得して・・・鈍感ですみませんでした・・・という感じになって、突然にレッスンは終わりとなりました。
「お借りしていた楽譜も、残っていたお月謝も(まだレッスンに来ている)妹に預けます。」
「受験が終わるまでピアノは弾かせるつもりはないし、本人にはももう、道で会っても声は掛けないでください」
とまで言われてしまいました。
がーーーん。
いろんな意味でショック過ぎて、立ち上がれず。
楽しいことがいっぱいあるというのに、イマイチ乗りきれず。
とはいうものの、日々、他の生徒たちは来ていて、そこそこ忙しいので。
だらだらと心に蓋をしたまま、気がつけば今月も25日!!
そろそろ浮上せねばと思ったので、出てきました。
そもそもピアノがワルモノになってますが、彼女は決して練習が好きではなくて(笑)
一番練習しない方から数えた方が早いと思われ。
ピアノばっかり弾いていて、勉強に身が入らないは当たらないと思うわけですが、そんなことは今更言っても仕方ないので黙ってました(笑)
彼女は集中力がものすごいので、直前までぐうたらしていても、やるぞ!とねじを巻いてからの数十分はほかの子の2時間にも値するほどで。
なので、わたしも「もっと弾きなさい」とはあまり言わずに来ました。
自分もそういう子どもだったので、いたずらにたくさん弾かせることはあまり意味がないと思っていたし。
その一見「ぐうたら」な時間は彼女にとってはとても大切なリセットの時間のように見えていて。
多分勉強でもそうなんだろうと思うのです。
事実、成績だって同級生に羨まれるレベルだし・・・お母さん的には物足りなかったのかもしれないけど、本人はいたってhappyそうだったけどなぁ。
そこも含め、大事に育て、見守っていたつもりだったのですが、おかあさんには違う風に見えていたのだなあと思いました。
誰よりも練習する子は、多分どこの教室に行っても上手になると思うのですが、彼女のようなタイプは、わりとうちのようなのんびり教室が合っていると感じていて。
締め付けられれば締め付けられるほど窮屈になって、それこそ逃げ出したくなってしまうので、とても注意深く、短時間で簡潔に伝える方法で、育てて来たつもりでした。
そんな彼女とのレッスンは、テキストの順番、難易度に捉われず、彼女がどうしてもやりたい曲たちと、わたしがどうしてもやらせたい曲たちをお互いに提案しあって、一冊終わると次にやるもの、だいたいの方向性も話し合って決めるというスタイル。
どんなにやった方がいいと説得しても、いやだと思うと、てこでも動かない。
でも、頭のいいコなので、じっくり考えていて。
「これ、必要だと思うけどな。ちょっと弾いてみるから聴いて?」と言って弾いてあげるとまずは黙って聴いていて。
その時はまったく色よい返事はなかったのに、次の週に会うと「先生、考えたんだけどさ、あれ、やっぱりやりたい!やるわ!」と言って来たり。
だいぶ経ってから、あの時先生が聞かせてくれたあの曲、あれはどの本に載ってるんだっけ?あれ、嫌いだと思ったけど、やっぱり好きかも?と思えてきた・・・とか言ってきたりもして。
わたしも常に彼女にとって魅力的だろうな?という曲を見つけたり、新しく発掘したり。
彼女の心に響くようにお手本を弾くために練習したり。
それはそれでわたしが大変だったけれど(笑)一方でやりがいも感じていて。
多分、ほどなくテクニック的にはわたしを越えて行きそうだなと楽しみに思いつつ、大切に大切に育ててきました。
そんな子でもあるので、突然の「もう会わないでください」のショックたるや・・・
さらに、ピアノの先生として、わたしが心がけてきたこと。
たとえばやめていく子にも、最後までちゃんと伝えるべきことは伝えるとか。
納得がいくまで話をするとか。
今後もがんばれのエールとして、ラストは手紙を渡すとか・・・
(わたしがそういうタイプなので、生徒たちもよく手紙をくれます。すごくうれしいです。)
今までやっていたことすべて、全否定された気持ちになってしまいました。
そんなこんなで、もやもやしていたし。
限界を感じたし、わたしのやり方はもう流行遅れないのかもしれない・・・とか超弱気になっていたのが…
その気持ちが一気に晴れるきっかけは昨日、突然にやってきました。
KinKi Kidsの配信ライブ、ラストのフラワーです!!
KinKiさんが花咲徳栄高校の吹奏楽部の子たちにあんなに真摯に向き合っているのを見て、とてもとても勇気をもらった気がしたのです。
花咲徳栄のブラスバンドと共演。
— レイン (@raintalk) 2020年12月24日
じーんとする。
ブンブブーンで聴いた時、彼らの演奏にとても励まされたって素直に生徒さんたちを目の前にして言えるKinKiさんの心根が素敵。
生徒さんたちもうれしいだろうなぁ。
生徒さんたちもKinKiさんもとても幸せそうないい表情をしてたフラワーだった。素敵なクリスマスコンサートの締めくくり。
— レイン (@raintalk) 2020年12月24日
何よりKinKiが「またいつか共演できたら」の約束をきっちり守ったの、ほんとうにすごい。
これ、配信だけなのがもったいない。
終始ウルウルしながら見てしまった。
昨夜興奮冷めやらぬ心で、こんな風につぶやきました。
ブンブブーンの出演は、生徒さん達にしたら今年一番の思い出だったと思うけれど。
テレビの向こう側のアイドルという属性の大人たちが、画面の中から言った「いつか一緒にやりましょう」が口だけじゃなくて。
ほんとうにその言葉を実現させてくれる信頼できる大人だったこと。
夢も見せてくれるけど、夢を現実にしてくれる人達でもあったことが、彼女たちのこれからの人生の中でどれだけ支えになることか・・・
そして、彼女たちのあの幸せそうに楽器を持って弾いたり踊ったりしている姿に、明らかにパワーをもらい、本当に幸せそうなKinKi Kidsを見ていたら・・・
やっぱり「わかり合おうとすること」をあきらめちゃいけないなとつくづくしみじみと思ったのでありました。
それがアイドルと高校生であっても。
しがない町のピアノの先生とそこの生徒たちであっても。
お互いにパワーを送り合い、支え合うことができる道はきっとあるはず。
わたしにもまだ少しはやれることがあるかもだ。
さて。
Sちゃんの後日談は、やっぱりうちの生徒で彼女の親友でもあるTちゃんや、Sちゃんの妹のCちゃんからもたらされました。
「ピアノに行こうと準備してたら、おかあさんからあなたはもうやめたのよ」と言われ、大ショックだったらしいSちゃん。
「でも、うちのおかあさんはもう言い出したら、絶対にきいてくれないから仕方ない」と、がっかりしながらも、すでにあきらめムードだったそう。
妹によれば、それから数日さらにぐうたらに拍車がかかっていたそうですが(笑)
わたしも「こっそり弾いちゃえばいいじゃん!」って言っといたと妹(笑)
「お母さんの希望する高校に入れたら、またピアノに行かせてもらえるように頼んでみる」とも言っていたそうです。
「ラストのレッスン日、あんなことやったなぁ、こんなことやったなぁって何度も反芻してるの。先生とのレッスンはいつだって楽しかったなぁ♡とも言っていたそう。
わたしも彼女とのラストのレッスンのことは何度も反芻していて。
Tempo Rubatoの話をしました。
用語としてのTempo Rubatoは「自由な速度で」という意味ですが、語源は「盗まれた時間」という意味なのよ~という話。
「盗んだ時間は返さなくてはならない」ということを忘れてはダメ。
自由自在にテンポを揺らして全然いいけど、遅らせたらちゃんと取り戻す。
速めたら、どこかで緩める。
緩急ってそういうこと・・・という話で大いに盛り上がったのでした。
あなたはコアラ体質だから、わりとだ~らだ~らしていて。それが大事そうだから、ダメだとは思わないけど、緩めたらまた頃合いをみて集中する!
たとえば一日とかさ、一週間とかの中で、上手に帳尻合わせをすることがとても大事。
盗んだ時間は返さないとね!な~んて笑ったのでした。
痛いところを突かれたとげらげら笑いつつ、覚えとくよ!と言ってくれたSちゃん。
そんな風にいい思い出だけでお別れができたのは、よかったかも。
そしてまた、逆も然り。
いま、親御さんにより、とことん走らされている彼女だから、ちゃんと帳尻を合わせて、こっそり気を抜くんだよ?というエールにもなってたらいいなぁと思いつつ。
とはいえです。
以前にも姉妹がゲームばかりするというので、半年以上ゲーム機を隠されてしまったり、さまざまなことがありながらも。
隠し場所を早々に発見して、こっそりそこから出して姉妹でやっては、わからないように元の隠し場所しまっていたという話も聞いていたし(やるなぁ~笑)
ピアノの楽譜は全部隠されちゃったけど、友だちにボーカロイドの曲集を借りたからそれをこっそり弾いてるんだ~とも言っていたそうで(笑)
ちょっとお母さんはメンタルが弱っている風だったけど、ご本人はそこそこ適当にやってて(笑)まあ、大丈夫そうかなと思ったところです。
そしてそして。
今回の一連の大騒動を隣で見て来た妹のCちゃんや親友のSちゃんはまだうちの生徒なわけで。
彼女たちに「こういう場合、大人はどういう風に感じ、どんな風に行動するのか?」というのを、実は今回の件でこっそりみられている気がするのです。
まずは彼女たちに「先生、がっかりだよ!」と思われないようにしないとね。
KinKi Kidsがそうであるように、周りにいる大人として若い子たちに恥ずかしくない自分でいたいなぁとしみじみと。
それにしても、今までのやり方全否定!!!
「わたしの気持ちをちっとも先生はわかってくださらなかった!」とお母さんに訴えられたことは本当にショックでした。
わりと人の気持ちに寄り添える方だと思い込んでいたのですが、ぜ~んぜん違ったよ(笑)
この年になってもそういうことがあるんだなぁと、いろいろと勉強したのでありました。
精進します(笑)(笑)(笑)
出でよ!鋼(はがね)のメンタル!!!
どさくさに紛れて変な触れ方をしてしまったけれど、「シャキーン!」についても、「O Album」についても・・・ちゃんと触れたいです。
KinKi Kidsの「越えて行け そこを♪」
ここ数年、時々思い出す言葉があります。
その昔、月刊アサヒグラフ「PERSON」という雑誌があって。
確か2001年の11月号・・・かな?
(正直さだかではないので、間違っていたらご指摘ください!)
この号はKinKi Kidsが表紙で。
「僕らの距離感」というサブタイトルがついていて。
そこに吉田拓郎さんが寄せてくださった「彼らが教えてくれたこと」での一文です。
あまりに強烈だったので、当時もとても印象に残ったのですが、最近かなり頻繁に、拓郎さんは当時からふたりの本質をしっかりと見抜いてらしたのだなあと思い出していて。
あちこち探していたら誌面の切り抜きが出てきました。
引用すると・・・
光一と剛は、本質的には多分「合わない」二人なのだと思う。
しかし二人は「お互いがお互いのファン」である事「自分が出しそびれている才能」を気づいている友人である事を良く理解している。だから頑張りがきく。
アーティストは何もかもを一緒に共有しなくともいい。
KinKi Kidsらしさは、そう云うところにもあるように感じるのだ。
こんな文章でした。
本質的にはふたりはよく似ていると思うので(個人的には)「合わないふたり」とはあまり思わないですが…
その先はとても納得できます。
そしてその話に関連した部分はブログ後半であらためて書くことにして、ここではさらっと触れておくに留めます。
ちなみにタイトルは吉田拓郎さんの歌からお借りしました。
言わずと知れた「人生を語らず」の一節です。
さて。
先週KinKi Kidsの最新の円盤「ThanKs 2 YOU」が発売になりました。
(たまたまご覧になる方もいらっしゃるかも?なので、とりあえず在庫がありそうなamazonさんを貼っておきます!)
正直、仕事で新しい幼児の生徒を迎えたばかりで、すごく大切な時期だし、それどころではないはずなのですが…
わたしにしては珍しく、発売一週間の間に、ちょこちょこ隙間の時間を見つけては、初回も通常盤も、隅々まで全部見ました。
ファン歴20年以上にしてこの熱量!!
我ながらスゴくない?と半ばあきれ半ば感心しつつ、そう思いました(笑)(笑)
本当はライブの円盤であればこそ、切れ目なく全部いっぺんに堪能したいタイプのわたしですが、細切れでも頓着せずに、とっとと見たことにまずはたいそう驚いてます。
ここのところ、Amazonプライムで細切れにライブを見ることに抵抗がなくなったせいもあると思うし。
単純に過去の素敵ライブを見れば見るほどに、最新のライブ円盤への期待が高まっていて。
その進化のほどを、今のこの目で確かめてみたかったというのもあります。
それくらい、昨年末に見たコンサートがよかった記憶しかない!!ということでもあるし。
本当に今回の円盤の発売をすでに年始から楽しみにしていました。
本編についてもたくさん触れたいところがありますが、まずはどうしても書きたいところから先に書こうと思い、このエントリーをします。
実は少し前から温めていて、こんなツイートをしました。
サウンドプロデューサーとして、何を念頭に置いてアレンジしたか…の話。ジーンとしつつ、超納得。
— レイン (@raintalk) 2020年11月11日
関ジャムのKinKiの歌を作るなら…の話と対になる、とっても彼らの関係性が滲むエピソード。
まだ発売日だし詳しく書くのは思いとどまるけれど。
ここは近々、ぜひブログで掘り下げて書きたいなぁ。
これをつぶやいた時はまだ発売日当日だったので、さすがに思いとどまりました。
週末を挟んだし、まっいっかということであらためて続きを書きます。
ドキュメントの中身について触れてますので、まだ見ていなくてネタバレを避けたい方は見終わってからどうぞ。
今は回れ右でよろしくです。
続きを読むラジオで感じた配信ライブの限りない可能性・・・の話。
先週の剛さんのソロラジオは、配信ライブの感想がたくさん読まれてとても充実した内容でした。
ブログでも久々に感じたことを書いてみたくなったので、今日のテーマはこれにします。
カナダや韓国在住のファンの方からの感想のメールが読まれていました。
わたしの友人たちやお知り合いのみなさまたちも、ヨーロッパから、あるいは台湾から、中国から・・・みんな楽しそうに一緒にライブを楽しんらっしゃいました。
韓国からメールを送ったお嬢さんがとても美しい日本語を操りつつ、日本人のわたしよりもずっと自分の気持ちを上手に伝えてらして、素敵でした。
以前浅草で小喜利に参加した時も思ったのですが。
普通に日本でファンをしているわたしたちが思っている以上に、海外のファンもたくさん現場にいらしてて。
特にあそこは「お笑い」だったわけで。
ライブよりもさらにハードルが高いはず。
それでも好きな人を深く知りたいという一心で、その国の言葉を勉強までして臨む方々もたくさんいるんだと思いました。
今回もきっと、そんなメールが読まれた以上にたくさん届いていたのだと思われます。
いつも剛さんが言っている「空と心は繋がっています」は、日本全国、津々浦々だけじゃなく。
お互いの気持ちさえ同じところにあれば、世界中のどこにでも繋がっているんだなぁ。
そんな風に感慨深く思いました。
ラジオの最初の方で「キツイ言葉、汚い言葉、やめませんか?」と剛さんが言ってましたけど、ほんと大賛成です。
最近SNSとか見ていると、苦しくなる場面が多いです。
傷つけあっても、誰もしあわせになれないのに。
そろそろこういうの、もう終わりにしようよ。
直後にかかった「Everybody say love」はまさにこういうのがテーマ。
この曲、ほんとに大好きです。
イントロのマサ小浜さんの、自然と明るく前を向かせてくれるギターソロから始まって、剛さんの歌声もメロディーも演奏も・・・隅々まで大好き過ぎて痺れます。
来年、普通にお客さんを入れたライブが復活しても「配信FUNK」をしたいと剛さん自身の口から聞けたのもとてもうれしかったです。
すでに会社にもお願いしているそうです。
どうぞ叶いますように。
このあたりまでは、まだ寝落ち寸前だったオットも一緒に聴いていて。
ほんとそうだよ!いいこと言うね!と大賛同してました(笑)
その剛さん、ここのところ、体調のコントロールがとてもむずかしそうで。
不調について語る日も多く、胸が痛みますが。
一方でライブの時も包み隠さず、ちゃんと自分の体調についてファンに説明してくれていて。
わたしたちファンは、ちゃんと信頼されているなぁと安心します。
以前「不調な時は不調だとちゃんと言いますから」・・・と言っていたし、ファンもその言葉をとても真摯に好意的に受け止めていて。
先日の配信ライブの時も、もちろん誰もがとても心配はしていたけれど、とても落ち着いて見守っていたように思いました。
換気タイムにTwitterを開いたら
「ゆっくりいこう!?」
「十分に休んで」
「ムリしないで」
「たとえここで終わったとしても、もう十分満足だからね。」
「こちらのことは考えなくても全然大丈夫」
といった、やさしい言葉や、やさしい空気に満ちていたし。
だんだんにご本人の調子が落ち着いてきてるとわかるにつれて、ファンも自然に「心配」よりも「楽しい」が勝っていって。
最終的にみんながみんな、本気の本気で楽しめた・・・という。
その過程ごと、お互いの理解、経験値を時間をかけてひとつずつ重ねてきたが故の、宝物のような時間でした。
この混沌とした時代においては、誰もがいつ身体や心を病むかもしれない状況で。
お互いに対してあらを探したり、ちょっとの弱みや隙も見せられない社会はとても窮屈です。
穏やかにありのままに、お互いを認め合い、信じ合い、愛を投げ合うことの大切さ。
そんなことをいろいろと考えるきっかけをもらった気がしました。
こういうやりとりや、ファンの空気感も含め、同じようにパニック症で苦しんでいる後輩くんにも伝わるといいなぁと思います。
先輩の剛さんの時代は、なかなかカミングアウトすることすらできなくて。
本当に本当に茨の道だったのですけれど。
今ではステージで突然不調が襲っても、見せてはいけないというムードではなくなったし。
スタッフさんもファンも理解して落ち着いて見守ることができるようになったし。
ステージに立つ人と見守る人の、こういう関係性がちゃんと成立している姿を見ることができたら・・・
きっと治癒への道を歩んでいる最中の後輩くんたちもまた、励まされると思うのです。
まだ復帰できずにいる後輩くんも、きっと大丈夫と思えると思うのです。
今はまだその時ではなくても、いつかきっとステージに戻れる時が来ると、希望を持ってそう思えるのではないか・・・と。そんなことを思いました。
誰もが完璧だけをゴールにして、とことんストイックに周りも自分も巻き込んで、身体も心もどこまでも追い込んでいく世界はもう終わりにして。
いたわり合う世の中へ・・・
超高齢化社会も目の前だし、誰もがもう少しおおらかになれたら。
きっとみんながもっと楽に生きられるんじゃないかなぁ。
さて。
今回のラジオで、もうひとつ特筆すべきは、剛さんが一緒に音楽をしているミュージシャンの方々のみならず、ジャニーズ内部のスタッフさんや職人さんたちへの熱い想いを語ったくだりだと思いました。
わたしはひとつ前のオンラインで行われた平安神宮の奉納ライブを見た時にもこのことを強く感じてました。
多分剛さんと同じように、技術スタッフさんたちも共に年月と経験を重ねて来たのだなあというのが伝わってきました。
照明の当て方だったり、水や火の演出、ステージング。
ジャニーズの中の技術担当スタッフさんたちと共に培ってきた経験が、結実したライブだったなぁと、本当にしみじみとそう思いました。
剛さんにとっては、彼らもまた、一緒に試行錯誤を重ねてきた戦友のような間柄なんだろうなぁと。
それが裏付けられたような今回のラジオでの発言でした。
とても素敵だなぁと思ったので、剛さんが語っていた部分を、わたしはまんま書くのが下手なので、できるだけニュアンスを忠実に再現できるべく、意訳で書いておきます。
ミュージシャンやスタッフさんたち、みんなで楽しみながらこのイベントをさせてもらった。
ENDRECHERIのいいところは(ジャニーズでライブを作るお仕事をしている)職人さんたちもまた、本来ジャニーズではやらないような挑戦ができること。
たとえば彼らがステージを見て「もっとこんなことをやってみたい」と、うずうずする職人魂を、他の現場ではNGでも、ENDLICHERIなら叶えてあげることができる。
ENDRECHERIは職人さんたちにそういうことを提供できる場所でもある。
この世界では、ミュージシャンだけでなく、裏で支えてくれているスタッフさん達、衣装さんやメイクの方々が、それぞれ自分を開放できる場所になっていて。
そういう世界観が作品に滲んではじめて、ENDLECHERIの世界はもっと伝わってゆくし、みんながENDLECHERIを好きになってくれると思っている。
ENDRECERIは剛さんだけが前に出る世界ではない。
剛さんが人生一度きりの中で出会った職人さんたち。
職人さんたちの職人魂が結実しているのがENDRECERIという場所。
もっと柔らかく言えば、スタッフさんたちすべてが家族みたいな関係性。
そういう関係性を鳴らしてこそのFUNKだし、ENDRECHERIだと思っている。
この部分、なんだかとても納得できて、とても素敵だと思いました。
どこかで「次にジャニーズを出て行くのは?」・・・みたいな記事が出ていて。
その一人として、堂本剛・・・なんて書いてありましたけど。
普段からそんな風に思っているファンはいないと思われますし。
このラジオを聴いた後では、笑ってしまうレベルです。
どこから出てきた??
こんな風に自分の会社の技術担当のみなさんにまで、家族のような深い愛情を抱き、それをありのままに語っている人が、今すぐ会社を出たいと思うはずがないです。
少なくとも今の断面では、会社内のスタッフのみなさんさんともすごくいい関係なんだろうなぁと。
それが容易に想像でき、ライブの映像にも音にも、しっかりと現れていたなぁ・・・としみじみと思いました。
さらに。
海外の人にもたくさん見てもらえたことや、アーカイブがあるかどうかで、見る方々の色が変わるというようなことも語ってました。
わりとふわっと興味を持った人でも見やすいのはアーカイブがある方だとか。
この2回の配信できちんとデータを把握、分析しているようで。
行き当たりばったりではなく、マーケティングとか、需要と供給のバランスとか・・・
多方面に関わり、今後よりよいものを作っていくための参考にしようという気概が伝わりました。
後半でも、わざわざ「海外の人達がたくさん見てくれたことも深く理解できた。」
って、再度語っていたことは、海外在住の方々にとっての希望だなとも思いました。
友人たち、よかったね!!
これからも海外在住の友人たちとまた一緒に見れそうで、わたしもとてもうれしいです。
ラストの方で
「世の中が元に戻っていったとしても配信はぜひぜひ続けて欲しい!」
という気持ちを、みんなで実感し、共有できたことが大きい。
と言ってました。
そしてそれは、わたしたち一般の人達が、自分たちの仕事に関して「テレワークでもいけるやん」と気がついたのと一緒の感覚だと言ってました。
まさしくそれはそうなのでありましょう。
現場にいる重要性もあるけれど、一方で「そこ(現場)にはいなくても、ちゃんとそこにいる」という感覚が大切で。
「配信であっても、目の前にお客さんがいるのが、僕にはちゃんと見えている」
と剛さん。
それは双方向に言えることだとも言っていて。
こちらの感情もちゃんとわかってくれてて。
ライブが始まる前のドキドキはオンラインでも現場でも一緒。
四角い箱の中だけれど、ちゃんと剛さんでありバンドの皆さま方はそこにいることがわかっていて。
そういうレベルでも、お客さんと画面の向こう側の方々が想像力を働かせつつ繋がっていければ、ENDRECHERIや堂本剛はこれからも、どんなライブでもできる。
この言葉のなんと頼もしいことか!!!
そして。
「(配信の日は)僕たちの新しい形というものが始まった一日!!」
という喜ばしい日だった。
これはスゴイ宣言が出たぞ!と思いました。
ちなみに、今の自分はこういうことをやっているよ!というのを家族にも見せられてよかったとも言ってましたね~
いろんな意味で剛さんは、前向きでどんな世の中になっても対応できる、そんな一歩を踏み出したのだなぁと感慨深くそう思いました。
個人的には・・・
ブルーベリーのオリジナルバージョンを聴かせてもらえたことが、ヘッドフォンを外してライブができたのと同じくらいの感動でした。
横浜アリーナで、久しぶりにブルーベリーが復活した日の気持ちを思い出しました。
あの大きな箱で大きな音のライブすることは、まだまだ当時キツそうで。
突発性難聴の音響障害に、かなり苦しんでいるのが伺われました。
一方でブルーベリーという曲は、思いのほか音程があちらこちら飛んだり複雑だったりするので。
この曲をあえて歌わない、セトリに入れないという選択だってできたはずなのに。
覚悟を決めて、一部メロディーを変えてでもできる工夫を施して、なんとかして歌ってくれたのだなぁと容易に理解できました。
そのことは、一ファンにとっても、とても思い出深い、大切な瞬間でした。
オリジナルな形がたとえもう見れなくても、また歌ってくれただけで十分。
本当にありがとう!!と喜びと共に私達ファンもまた、一旦覚悟を決めていたけれど。
そのオリジナルの、むずかしいメロディーラインの方のバージョンが、時を経てまた見れたんだという感慨はちょっと筆舌に尽くしがたい感動でした。
以前のブルーベリーとまったく遜色がなかったので「元のバージョンに戻ったのだと気がついてなかったよ!!」と言っている友人たちもいました。
それって本当に凄いことだと思うのです。
どれだけの努力をして、ここまで歌えるまでに持って来たのだろうとも思ったし。
コロナ禍に置いて、こういう形のライブに踏み切ったことを逆手に取っている凄さ。
たとえば目の前にお客さんがいないことで、不必要に大きな音を出す必要がなくなったこと。
それが突発性難聴の後遺症に苦しむ剛さんにとって、できることの幅を広げたことを目の当たりにしました。
そういう、予測不可能な一見ネガティヴな現実から、新しいポジティヴな利点を見出し、すぐに反映させることができる行動力もあって・・・
それがこのブルーベリーにもなったのだろうし。
ヘッドフォンをしなくてもライブができる手法が見つかったということでもあるのだろうし。
結果、ヘッドフォンの拘束から解き放たれて、久々にリズムの権化のようなダンスも見せてもらえて、ファンも存分に剛さんの世界を楽しめたわけで。
ほんとにほんとにスゴイ人だなぁとあらためて思いました。
とはいえです。
その前向きな決断と時期を同じくして、今も予想外の不調との闘いは続いていることがjwebの更新やラジオからも伝わって来てもいて。
心を寄せるほどにキリキリと締めつけられて、苦痛のほんの一部の一部でも、ファンみんなで分け合って引き受けてあげられたらいいのに・・・なんて思ったりもするけれど。
そんな状況にも関わらず、こんな宣言が出せる強さ。
それこそが何より今の剛さんの凄いところ。
無敵なところ。
きっと今後何があったとしても、その中で剛さんは新しい視点で、新しいことをやっていくのだろうなあと思わされました。
ファンも負けてはいられない!!
いろんな意味で、ままならない現実の間(はざま)から、新しい未来への希望を見せてもらったと思ったので、そう書いておこうと思います。
「ムリ」とか「できない」とか簡単に言わず、いろんなことをもっともっと深く考えて、とりあえず試してみようと思わされました。
剛さん、行動で示してくれて本当にありがとう!!という気持ちです。