ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

アン/ペア(ここまでのまとめ)

相変わらず仕事でバタバタしたり、考えることがたくさんあって、またしばらくご無沙汰してしまいました。

とはいうものの、プライベートにおける自分的ファン濃度はかなり濃い目。

ブンブブーンは毎回とても楽しんでいるし。

小喜利やPlayfulのレポをわくわくと追う日々は

ファンになりたての頃の自分を久々に思い出しました。

そういえば当時もこんな風だったなぁとなつかしく思い出します。

レギュラーのバラエティーを楽しみにしたり。

発売されたCDを大切に繰り返し繰り返し聴いたり。

歌番組に出るんだと思うと自分まで朝からドキドキワクワクして。

ライブツアーやイベントが今日もどこかで行われていると思う、それだけで。

仕事や家事のモチベーションが上がり。

そろそろ終わったかな?と仕事や家事をしつつも時間を気にしていて。

どなたかが流してくださるレポをわくわくしながら待つ夕べ。

生活のすべてが人知れず(ここ大事、笑)「オタ活」を中心に回ってて。

毎日うるおいがあって、一喜一憂することすらしあわせで。

それだけで心底満足していた時代がわたしにもありました。

これ、子どもたちが小学生くらい、当時のわたしは子ども会や小学校や中学校の役員が回ってきたりしていた頃だから…

かれこれ20年も前の話なのですが(笑)

今、ご時世的に容易に動きが取れない状況が訪れて。

来し方を振り返り、いろいろと考えてました。

いつからか、ライブやイベントがあると言えば「申し込んで当然」みたいになってたし。

忙しくてまだCDをちゃんと聴けてないとか。

DVDを買ったのに目先の現場にかまけてテーブルの上に置きっぱなし。

まったく見れてないとか…

なんと贅沢になっていたことよ!!

もったいないお化けが出ちゃってなあと。

とことん反省いたしました(笑)

今は初心に返って、ありがたみをしみじみと感じつつ。

とても楽しい毎日です。

さて。

一つ前の日記にたくさんの反響をいただき、ありがとうございます。

今月の木曜日は4兄妹のなかで、めえちゃんだけが通って来ているので。

わたしの身体も心もかなり楽です。

めえちゃんご当人は、相変わらずとても楽しそうだったかと思うと、ご機嫌が突然急降下してあ~あとか(笑)

毎度毎度、むずかしい橋を両足をぷるぷると震わせながら渡っていにんぐ(笑)

それでも彼女との間にまあまあ友好ムードは保たれていて。

今週は来てから帰るまで、とうとうわたしのフルネームをずっと大声で連呼してたことを除き(笑)

ピアノから集中が削がれることもなく。

たくさん弾いてたくさん語り、たくさん笑って帰って行きました(笑)

ひと安心。

色々あったことを差し引いても。

いつだって全力投球で、目をそらすことなく正面突破してきて。

ほんのちょっとの欺瞞も許さず、こっちの失言も聞き逃さず(笑)

自分が言い過ぎたと思ったこともまた、いつまでも気にしていて。

時として甘えん坊になって急に抱っこをせがんだり。

わたしの二の腕の裏側をもみもみしながら、このまま眠りたいとうっとり(笑)

そんなめえちゃんは手がかかるけど本当にかわいいくて。

結局降参してしまうのでありました。

さて。

超今更ですが、あとあと見返す時のために「アン/ペア」についてまとめておきます。

そもそも初めて情報が出たのはいつだったかを振り返ると…

「あれっ!?新曲?」と思った最初は、ファンクラブの会報でしたよね。

剛さん、光一さん。

それぞれが新曲を匂わせていて。

きっと次に来るのはソロ情報だと思っていたしで。

えっ!?KinKiも来てくれるの??とうれしい誤算。

「会報で既出ではない情報を知る」なんてすばらし過ぎない!?

やっとファンクラブ会報らしい展開になってきた!!

と友達と言い合ったのが確か最初だった気が!!(笑)(笑)

最近の会報は以前から考えたら、ものすご~く進化を遂げた気がしてて。

まったくもって夢のようです。

ずいぶん時間はかかったし、そして今もって色々憶測はあれど真相は謎だけれど。

とにもかくにもここ最近の会報の充実っぷりをありがたく思ってます。

おっと話が逸れちゃった。

そして。

新曲情報が最初に公になったきっかけは、小喜利でした。

「新曲が出ます!」という告知はこの日、KinKiファン代表でもある小喜利の天の声さん「りんたろーくん」によって発表されるという粋な計らいとなりました。

(このりんたろーくんについては、ニュース記事や対談を見てとても心動かされたので、別記事であらためて触れたいです。)

このりんたろーくんが天の声を務めた回の小喜利は友人が入っていて。

わざわざメールで「あんなことがあったよ!?」「こんなことがあったよ!?」と教えてもらったので、自分も入ったかのような気持ちになれてHappyでした。

ありがとう、友よ♡♡♡

友曰く、彼は本当に純粋なファンなんだなぁと思ったそうで、話しながら泣き出してしまった彼に、客席のファンももらい泣きしそうになったのだそうでした。

そしてそして。

小喜利で触れられたとおり、翌日に正式発表があったのですよね。

その時にわたしがツイートしたのがこれ。

そして下記のような記事も出て。

natalie.mu

表題曲の作詞作曲は堂島孝平が担当。憂いや切なさのあるメロディ、「コネクトできない」というペアになれない儚さを歌った歌詞、ソリッドかつパワフルでスピード感のあるデジタルサウンドで構成された楽曲になっている。

 とあって、とても期待が高まりました。

そして。

「ふたりどヤ」で早々に新曲が解禁。

はやドキとめざましテレビでも、初回盤AとBのMVが少しだけ流れたのですよね。

展開がめまぐるしく早い!!

ワイドショーはオットと共に見ていたのですが…

「初回Aは当然買うだろうけど、初回Bも予約した方がいいよ!!」

とめちゃくちゃ食いついていて(笑)

もちろん3つまとめて予約済みに決まってる(笑)(笑)

今頃何を言ってるのだね?と優位に立つ妻(笑)

さらにさらに。

「アン/ペア [Official Music Video(short ver.)」も公式から出ていて。

最近は便利になったなぁ!!と感動しています。


www.youtube.com

 

そしてレコード会社からジャケットの情報も!!

麗しい♡♡♡

www.jehp.jp

 少し重複しますが、この記事も素敵。

natalie.mu

堂島くんのツイートや新曲の動画も埋め込まれた記事になっています。

こうやってファンはもちろん、少しだけでも興味を持ってくださった方々が気軽に聞いてみようと思える手立てができたのは素敵なことだなぁと思います。

これらを見ながらずいぶん前のことを思い出しました。

願う以上のこと 祈る以上のこと」で歌番組に出た時の話です。

KinKi Kidsにもよく曲を書いてくださる秋元康さんが、その時のダンスのことをとても褒めてくださったことを思い出します。

それぞれが同じ踊りをしているわけでもないのに、むしろそれがチームとしていい味を出しているとおっしゃってくださったのですよね。

どうしてご自分がプロデュースしている(AKB関連の)チームでこれができないのか?みたいな発言がとても印象的でした。

そうなのよ!そうなのよ!ととても共感した覚えがあって。

わたしもKinKi Kidsには双子のようにまったく同じダンスは求めていなくて。

二人の違いこそがKinKi Kidsという「第三の人格を生み出す」みたいな発想で作られたものこそが彼らの真骨頂と思っていたので。

今回は正面きってそれをウリにしてきた!!

というワクワク感と共に楽しみにしてました。

これまた発売の時の記事からの引用ですが…

初回盤AのBlu-rayまたはDVDにはKinKi Kids初の試みとして堂本光一堂本剛がそれぞれ得意とするジャンルの振り付けを行ったダンスミュージッククリップを収録。

2人だからこそできた表現方法で、「アン/ペア」なダンスで楽曲を彩る。

また「光一ver.」「剛ver.」も収められるので、それぞれのダンスをじっくり楽しめる。

初回盤Bの映像特典は「プラグとコンセント」と題した約9分の作品で、内容については「KinKiメンバー扮する“プラグ”がコンセント(堂島孝平)に挿し込む事は出来るのか!?」といった紹介がなされている。

(光一さんは新曲のダンスについて、必ずしも自分が得意なジャンルというわけでもないと、SMGOで言及していたことも書いておこう。)

上に貼ったMVの一部の印象としては…

剛さんの動きは、まるで彼がビートの発信源かのように見えるくらい。

ぴったりと動きが音にはまってて。

楽曲の中のリズムをあちこち抽出して、そのまま体現したようなダンスにより、この曲で鳴っているさまざまな音やリズムが余さず可視化されるように感じるし。

光一さんを見ていると、この曲のドラマチックな物語がまんま表現されてる感があって。

この方はやっぱり、常日頃から舞台で「作られた世界観」に生命を吹き込む人なんだなぁと思わされます。

光一さんの指先まで神経が行き届いたなめらかでなだらかな上半身の動きは音楽用語で言うところの「legato」と連想させられて、単語がちゃんと物語として聴こえてくる感じだし。

一方の剛さんの重心の低いダンスは、たとえ音を消して動きだけ見ていても、ビートやグルーヴが聴こえてくるようで。

端々までリズムにジャストフィットなのがなんとも気持ち良いです。

そしてそして、とても感慨深いYOSIEさんツイート。

一方のsayaさんのコメントはインスタにありました。

 
 
 
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お二人のダンサーさんの言葉を読んだだけでも気持ちが上がります。

YOSIEさんとsayaさんの化学変化もまた、KinKi Kidsに新しい「味」を生み。

彼らの魅力をまたひとつ浮かび上がらせているんだなぁという実感があります。

発売が本当に楽しみ。ワクワクします。

何より、KinKiの二人の表現手法が違うことにちっとも違和感がなくて。

別々のものが合わさった時の凄さったら。

最近レッスンで「音楽の三要素」って知ってる?

「メロディー」「リズム」「ハーモニー」よ?と説明したところなのですが…

このダンスにおいてすご~く大雑把に言うならば。

「メロディー」部分を担う光一さんと「リズム」を担う剛さん。

そしてふたりの表現の「ハーモニー」でもって、音楽が完成する…

な~んて(笑)

生徒にはもっともらしくベートーベンの楽譜を繰りつつ講義しながら。

心の中ではまったく別のことも一緒に考えていたことを告白します(笑)

いずれにしても。

どちらからも「ここはKinKiだから」という遠慮がなくて。

おのおのの「素材」の素晴らしさをお刺身のようにそのまんま出して並べたら。

すごくいいものが出来上がりました!!という感じがビンビンして。

とてもいいなぁと思いましたのことよ。

そして。

そういう人達であるのに、一方で歌声は自然に溶け合っていて。

元々全然似ていないと思うことすらあるのに、ユニゾンになったり、同じ曲を二人が歌い継ぐと、どっちが歌っているのかわからなくなるという現象があるのもまた。

本当に凄いなあとあらためて。

あそこまで他人同士の歌声が溶け合うってほんと稀有だと思うのです。

なかなか意図してもできることではないから…

本当に不思議!!!

以前、とても歌が上手な方々がKinKiのカヴァー曲を歌ってくださった動画を見せてもらったことがあって。

歌ってらっしゃる方々は、二人ともとても上手でそれはそれとしてとてもいい動画だったのですが、もちろんそれはどこまで行ってもふたつの歌声で。

それが普通なんだと思わされたのでした(笑)

KinKi Kidsのユニゾン、恐るべし!

思わず同じ曲をKinKi の元歌で聴いてひとり悦に入ってしまいました(笑)

さらに。

久々に堂島くん節を堂島くんテイストで歌う剛さんにも久々に逢えてとてもhappyです。

ああ、KinKiの剛さんの声で表現だ!!とワクワクします。

たとえば「いつも僕は恋するんだろう」とか「こたえはきっと心の中に」風味。

KinKiでいる時にしか聴けない歌声や表現っていうのも確かにあると思っていて。

KinKi KidsとENDRECHERIの両方が好きな掛け持ちファンの醍醐味!!

と久々とても実感的にそう思いました(笑)

剛さんもですが、PLAYFULを発売し、ツアー真っ最中の光一さんもまた然り。

KinKi Kidsだからこそ表に出てくる魅力っていうのがある気がして。

今のふたりは、ちゃんとどちらも自分の個としての活動も充実させつつ。

グループ活動もゆるやかに楽しんでいる感があって。

もしかしたら今はKinKi Kidsというグループとしてもかなり充実期なのではないかしら?

そしてわたしのファンテンションも、かなりの充実期かも(笑)

(明日も来年もそう言ってそうですけれども、笑)

もちろん二人は考え方も佇まいも、あり方も、まったく同じではないし、場合によってはむしろ真逆なところもあるけれど。

わたしはいつだって多様性がある社会が好きだし、心から世界平和を望んでいて。

(いきなり話が大きくなったぞ、笑)

この二人の「違い」でさえ受け入れられないようだったら、世界の多様性なんて絶対にわからないだろうし、世界平和なんて望むべくもないのでは?というくらいには思っていて。
そこは、ちょっと大げさに言えば自分のアイデンティティーともつながるところでもあるので。

そんなふたりだからこそ、たとえどんなにむずかしい局面でもきっと乗り越える道を二人で見つけて更に先へと行くのだろうと純粋に信じられたし。

道の先が二人の意思とともに続いていく限り、わたしも楽しみに追って行くのだろうと思ってます。

アン/ペアはまだ全貌がわからないし。

表題曲以外にも他の堂島曲やら、小出さん作詞やShusuiさん作曲の曲も楽しめるのだと思うと、心からウキウキだし。

すでに解禁された部分だけで十分に大好きで。

今週の月曜日のどヤで聴けた部分…2番かな?

ここもまた、一番から少しひねりが効いていて、さらにとても好きでした。

公式のYouTubeは、今までにないペースで再生して楽しんでいます。

来月の発売日がとても楽しみです。

分かり合いたいのに その3 少しだけ分かり合えたかも?な完結編

この日記はふたつ前とひとつ前の日記からの続きです。

格闘しているレッスン日記でごめんなさい。

とはいうものの、この話はここでひと区切り。

最後まで読んでいただけたら、後味は悪くない…はず(笑)

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わかり合いたいのに その1

この話もとても長い長いスパンのお話です。

はじまりは昨年の夏休み直前のある日のこと。

あるお家のおかあさんから「せっかくの夏休みなので、うちの子たちにもう少したくさんピアノのレッスンを受けさせたいです。」という提案をもらいました。

そんな風に生徒の側から提案されたのは初めてでしたが、もちろん異論はなくうれしかったので、ふたつ返事で了承。

そのお宅は4人子どもたちがいて、当時は上3人が同じ日に習いに来てました。

なので、その曜日だけ一人15分ずつ長めにレッスンをして。

お家でもおかあさんの協力によりたくさん練習させてもらえたので。

夏休みのおしまいにはどの子も見違えるような大きな成果が上がり。

わたしもうれしくて、それぞれの子どもたちにレポート用紙3枚くらいずつ。

夏休みのレッスンの講評のようなお手紙を渡したりしました。

こういう達成感が時々やってくるから、ピアノの先生をしていてとても楽しい!!!なんて、悦に入っていたわけです。

ところが…

通常レッスンに戻ってひと月。

9月のおしまいごろに、同じおかあさんが

「ちょっとわたし疲れちゃいました。

来月はひと月、兄妹全員ピアノはお休みにしま~す!」とおっしゃって。

翌月、ひと月完全に一家でピアノから離れてしまったのです。

えっ!?どういうこと??

そうじゃなくても今の子どもたちは日々忙しくて、なかなか練習の時間が取れない様子。

その子たちが、まったくレッスンに行かなくなったらどうなるかは想定の範囲内でしたが…

おかあさんは自信満々に「これは相談じゃなくて決定事項の連絡です!」的なことをおっしゃるし。

お休み明けには4番目の妹もピアノに通わせます!とおっしゃって。

どうやらこのままやめてしまうつもりでもなさそうだったしで。

「なるべく少しでも子どもたちがピアノに触る時間を作ってくださいね。」

とお願いしてお休みに入りました。

さて、翌月。

想像通り、わずか数か月前の夏休みのがんばりからは想像もできないほど。

休んでいる間にピアノを忘れ、技術が後退してしまった3人を見て途方に暮れたわたくし。

それでも、上のお兄ちゃんたち二人はピアノ歴もそこそこ長く、なんとか少しだけ教本をさかのぼって復習して、勘を取り戻しました。

ところが…

3番目の幼稚園年長さんの女の子、めえちゃん(仮名)は、夏には両手ですらすら弾けるようになっていて。

超有頂天だったのに、次に会った時にはすっかり指の動かし方を忘れてしまい、その後退ぶりに本人が一番ショックを受けてしまったようでした。

そもそも。

年中さんでうちにやってきた頃のめえちゃんは、幼稚園でほとんど誰とも口をきけない子供で。

(最近そういう子たちが不思議と集まるようになってしまったうちの教室です。)

ピアノのレッスンを初めてからも、心を開いてもらえるようになるまでに、それはそれは苦労したのです。

最初は呼んでも答えてくれないし、歌おうと言ってもリズムを取ろうと言っても。

手遊びをしようと誘っても右手を出してと言っても。

口を真一文字に結んで、そっぽを向いているような子どもでした。

それが、だんだんに仲良しになって約半年。

8月の集中レッスンの頃は手をつないでお家まで送ってってと甘え。

道すがら幼稚園の話を聞けるくらいには仲良しになってました。

今思えば彼女だけじゃなく、わたしもやればできるんだな!と、めえちゃんが心を開いてくれたことを半分自分の手柄のように思い。

有頂天になっていたような気がします。

バカめ(笑)

ところが、お休みが明けてみたら…

「あれれ?前のイメージと違うぞ?」「前みたいに全然弾けないのはなぜ?」

彼女にとって「弾けない」は相当なストレスになったようで。

レッスンの回数を重ねるごとに、何をやっても裏目に出る状況になってしまいました(涙)

週に一回であれ、毎週顔を合わせることの大切さ。

もちろん一緒に音楽に触れ、ピアノを弾くことの大切さ。

実感したなぁと思ったわけですが。

時期を同じくして、年子の妹がレッスンに通い始め、兄弟姉妹の末っ子でまったく物おじしないし、とてもおおらかな4番目ちゃんに押されて、めえちゃんはさらにふてくされてしまい…

年を越えたあたりから、だんだんに目に見えて荒れ始めました。

はじまりはおかあさんの送り迎えを嫌がるようになったこと。
「ああ、年長くらいって反抗期ですよね?」なんて。

はじめは悠長に言っていたのですが、だんだんにエスカレート。
「一人じゃなきゃ行かない」と言い出したあたりから明らかにおかあさんが悪戦苦闘しているのがわかりました。
めえちゃんのお宅から我が家までは徒歩2分くらいですが、車が通る大きな道を横切らなくてはならなくて。

一時は、おかあさんかわたしがこっそりと見てないと言いながら見届けてました。
さらに「どうしても一人で行く!」から始まった反抗は次第にエスカレート。

次なるはなんと「てめえ」でした。

元々わたしのことを「先生」とは絶対に呼ばないと決めているようで(笑)

まっそんなことはちっとも構わないのですが。

わたしのことはいつも「あなたね~」と言ってました。

さらに不機嫌な時は「あんた」だったのが。

ある日突然、急に呼称が「てめえ」に変わりました。
お察しかもしれませんが「めえちゃん」は「てめえ」の「めえ」ちゃんです。

以前の名物生徒、うぜーよ姫を覚えてますか?

彼女もまた保育園時代、わたしが何度注意しても「うぜ~よ!」としか言わない時期があって(笑)

辟易したのを覚えています。

わたしは昔から多分「言葉」が弱点です。

スルーできず、まともに受けて堪えてしまうタイプなんだなと思います。
うぜーよちゃんも幼い頃は相当にむずかしい子でしたが、今は聡明でほがらかな大学4年生。

今でも時々お手紙やメールのやり取りをしていて。

「先生はわたしにとって恩人で親友だから!」とまで言ってくれてて感無量なのです(笑)

そしてそして。

ここから先も、めえちゃんと繰り広げられる死闘(大げさ、笑)の中で、何度も思い出されたのがうぜーよ姫で。

うぜーよちゃんとも相当苦労しながら、根気よくご縁をつないだ思い出があって。

それがやがて実を結んで、あんなに素敵に育ったという実例を見ているので(笑)

いずれ、めえちゃんともうぜーよちゃんとのように、仲良くなれたらいいなぁの願いをこめて。

「てめえちゃん」ではさすがにあんまりなので「めえちゃん」という愛称をつけました。

さて。

めえちゃんの「てめえ」はその後も次第に激化してゆき…
「ピアノ弾こうか?ここから始めるよ?」

と声を掛けただけで

「てーめぇが弾けよ!!」

ものすごい三白眼の怖い顔を作ってわたしに迫ってくる年長女子(笑)

そのうちに「てめえの右手のシミがキモイから今日はピアノなんて弾かない」とか。

なんで!?(涙)

「てめえは納豆くせーババアなんだよ~」とか。

おいおいおい!!!(笑)

あなたほんとに幼稚園児?的、ものすごい暴言を吐き始め。

叱ったり、笑い飛ばしたり、ある時は同調して一緒に悪い言葉を吐き合ったりもして(笑)

あらゆる手を使って方向転換を試みましたが、まったくいうことをきかず。

30年以上ピアノの先生をやってきて、子どもの心を掴むことだけは得意かもなんて思っていたのですが、まあ今回のことで、自信はこなごなに砕けました(笑)

正直、心のどこかでそんな自分を「調子にのり過ぎだったのよ!」

「ほんといい気味だわ」と自嘲しているわたしもいて。

表面上、淡々とピアノのことだけ極力考えながら、レッスンはしていましたが。

その実、徐々に体調も崩れ始め、さらにボロボロになって、正直少し投げやりになっていたかも??

それを彼女も察してしまったのかもしれません。
めえちゃんが凄いのは、おかあさんの前では決してそんな暴言は言わないところで。
ふたりっきりになった途端に「てめえ」が始まると言う賢さもある子なので。
ものすごく頭がいいんだなぁというのはわかるのですが。

感心している場合じゃない(笑)

誓って言いますが、わたしは彼女のことを決してキライと思ったことはないし。

むしろまだ年長さんなのに、妹には無条件でやさしいし。

お兄ちゃんたちにも常に気を配っていて。

上下に挟まれてほんと大変よね?よくやってるよ!とも思ってました。

ただ、そこまで荒れちゃうともう毎週が必死で、当時は好きとか嫌いとかという次元は越えてましたけど(笑)

その頃のわたしは、なんだか喉がつかえたり、息がうまく吸えなくて。

さらに胃が痛かったり、過食になって体重を増やしたり。

耳下腺炎になったりとさまざまな不調のデパートのようで。

もしかしてコロナ?とか、もしかして病気?とか。

今にして思えば、メンタルを病みかけだったのかも?と振り返っています。

後々、この「てめえ」は彼女が当時繰り返し繰り返し見ていたビデオの「名探偵コナン」の犯人役の口調を真似ていたことがわかりました。
実はめえちゃんのおかあさんもまた、いつもこんな口調で娘から言いたい放題言われていたそうで(笑)

とても悩んでいたそうでした。
その時にお互い知っていれば、笑い話にもなったのかも?ですが。

別々に悩んでいて、そのことがわかったのは数か月後、そろそろ彼女が「てめえ」に飽きて来た頃だったという(笑)

人生そんなもんだ!という感じでありました。

でも、その当時は感情を持て余すほど不愉快だったし。

「てめえ」と言われるたびに悲しい気持ちになっていたことを正直に白状しておきます。

大人の事情、子どもの心。

いつもたくさんの反響をありがとうございます。

「AGE DRUNKER」の日記にいろいろと深い感想を寄せていただいたり、そこから友人たちと現在進行形で長々と話がはずんだりもしていて。

書いてみるものだと思いました(笑)

同じように疑問に思ったり、語りたいと思ってらしたお仲間にたくさん会えてhappyです。

拍手コメントをくださったY.Sさま。いつもありがとうございます。

ほんと、またふたりに気軽に逢いに行けるご時世になるといいですね。

さて。

ここからのいくつかは、レッスン日記です。

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19周年とラジオとI LOVE YOUの初オンエアーの思い出。

昨晩キッチンでラジオを聴いていたら、たまたま絶妙なタイミングでアネが降りて来ました。

ちょうど「親のフィルイン」というテーマのおたよりが読まれていて。

どのお便りにも、剛さんのおかあさまエピソードにも、いちいちアネが「わかる~っ!!」と力強く言い(ええーっ!?笑)

そのうちに

「わたしもいくらでもおかんネタ、あったのになぁ~

ラジオにHN「アネ」でメール送ればよかった!!」

とか言うのです。

他人事(ひとごと)じゃなかった!!!(笑)(笑)(笑)

そんなわたしは、中高生くらいの時、まさしくカセットで歌番組とかを録音していた世代(笑)

居間にひとつしかないテレビの前に陣取って。

ベストテンとかで好きな曲を待ち受けていて。

イントロと共にボタンを押す…というのを何度やったことか!!!

いつだって事前に「終わるまで絶対に静かにしてよね?」と散々家族に釘を刺すのにも関わず。

録音ボタンを押すと同時に母が「ふわぁ~!!」とまるで「牛?」という声で大あくびをしたり(笑)

父が「はっくしょん!!」と思いっきりくしゃみをしたり(笑)

明日晴れるかなぁ?」と今ですか?な話題で母が話し出してしまったり。

家族に「ちょっとーっ!!台無しだよ~」と何度も激怒した覚えがあって。

今となっては笑い話ですが、その時はカンカンだったなぁと思い出します。

世の常なんだなぁ~フィルイン(笑)

久々にラジオでかかった「I LOVE YOU」はうっとりしながら聴きました。

それと同時にあの曲や「カバ」発売は、新年に近い時期の剛さんのいつものラジオで、突然不意打ちでかかり、告知されたのがはじまりだった気がして…

「ええーっ!?夢だったカヴァーアルバムが出るの?」

と、当日のファン界隈が上へ下への大騒ぎになったことや。

その時のわたしの震えるようなしあわせな気持ちを不意に思い出し。

思わず自分の日記を検索するわたくし(笑)

そして見つけました。

fermata.hatenadiary.jp

ちょっとヤバイ、いつもより一段と羞恥プレイが過ぎる日記ですが、当時のテンションがあまりにもおもしろ恥ずかしかったのであえて掘り起こしました。

よかったら読んで笑ってやってください。

で、ここでも何度も言ってますが…

いつか「カバ2」が出ますように!!と力いっぱい言っておきます。

シンガー堂本剛ここにあり!!な曲たちと出逢いたいです。

ちなみにラジオのラストでは「あなたへ生まれ変われる今日を」がかかりました。

世界観はもちろんのこと、声の音色も表現の手法も…まるごと好き過ぎてたいそう沁みました。

やっぱりこの曲が好きだ~!!!

一方で、大阪の小喜利の延期が決まったとのこと。

とても残念だけど、まだまだ高止まりの感染状況や、医療逼迫のニュースなど見るにつけても、延期ということで明らかに安心したわたしもいて。

心はとてもフクザツです。

中止じゃなくて延期だし。

少しでも不安や心配がある中で、大きなストレスを感じながらムリにやることになるよりは、やっぱり延期でよかったのではと思っています。

せめて配信がないかなぁ~あったらいいのになぁ~と何度でも言ってみます。

剛さんの東京公演や、光一さんのコンサートツアーも次々控えていますが、どうあれ一番に、関わるすべての方々の健康を犠牲にしたり後回しにしたりすることなく…

今できうる最善の道が拓けて行きますようにと、祈ってます。

さて。

19年前の昨日は「街/溺愛ロジック」の発売日でした。

こんなツイートが流れていたり。

こんなのもあったのですね~

そして。今日になってこれも見つけました。

地元埼玉のタワレコさん。

当時は別のところで日記を書いていて。

ここ、はてなに移ってきた時にちゃんとデータを移せたはずが、気がついたら失くしてしまっていて。

残念ながらその時の日記は残っていないのですけれども。

発売の前後のワクワクや、ドラマ「夢のカリフォルニア」を毎週夫と見ていたこと。

溺愛ロジック」のMステご披露で、あまりにかっこよくて、とんでもなく大興奮だったこと…

色々、色々思い出します。

街/溺愛ロジック

街/溺愛ロジック

  • アーティスト:堂本剛
  • ジャニーズ エンタテイメント
Amazon

CDは3形態あって。

白い剛さんと。黒い剛さんと。

そして、黒と白が半々のこれでしたよね。

もちろん全部持ってます。 

このCDの初回盤のカップリングに「僕がいう優しさとか…」という曲があって。

独白のようなバラードなのですが、曲もアレンジもとてもシンプルで、であるがゆえに、声の美しさやストレートな音楽表現が際立っていて。

19年も前に発売された曲ですが、最新のウォークマンの「剛リスト」にもちゃんと入れてあって、変わらずよく聴いてます。

当初は事務所からダメ出しが入って。

「もっと女の子が喜ぶ曲を作りなさい。『街』のような、あまり女の子受けしない曲を作ってどうするの?」

と、何時間にもわたりお説教されていたとのことですが。

事務所のたくさんの後輩が、今もこの曲が大好きと公言していて。

辛い時にこの曲に励まされると言っていたり。

今でもジュニアや後輩くんたちが、テレビで歌っているシーンを見かけるのもスゴイことだと思うし。

一般の歌ってみた動画がいくつも存在することもスゴイことだと思うのです。

もちろん男性だけじゃなく。

MISIAさんが奈良のご自分のライブで歌われたのも記憶に新しいところだし。

女性うけしない曲ではなかったことはすでに歴史が証明していて。

結果的にはこの曲がソロとしてのデビュー曲で大正解だったのだなあと思います。

人は恋のみに生きるにあらず。

それこそ老若男女問わず「生きる」ということはとても普遍的なテーマで。

生きていれば「痛み」は誰にでも少なからず伴うもので。

こぶしを振り上げる系の曲ではないけれど。

誠実に温かく言葉が紡がれ。

今を生きている誰の人生にも寄り添い。

結果として、後から続く者たちへの強力な応援歌にもなっているのだと思います。

ライブのたびにアレンジを変えたり。

剛さん的「ここぞ」という大事な場面で何度も歌われて。

「街」は大切にされ続けながら、楽曲としてさらに育ち、気づけば発売当初の何倍も大きくなって、今も剛さん的、欠かせない曲であり続けている気がしています。

もう19年なの?と思うとびっくりだし、こんなに長く変わらぬテンションで、ファンであり続け、追いかけることになるとはまったく想定外だったけれど(笑)

これまでもそうだったように、これからの彼が生み出してゆく世界も、楽しみにしています。

AGE DRUNKER

社会に時代のアルコール飲まされ過ぎ 吐きそう♪

言わずと知れたENDRECHERIのAGE DRUNKERの一節です。

ここからしばらく続く前書きのところは

わざわざここを引用して話すようなことじゃない恥ずかしい話ですが…

とりあえずしばらく我慢して聞いてください。

実は…

先週末、家飲みをしてまして。

最初はオットと「リコカツ」を見つつ、気持ちよく飲んでいたのです。

最初はね…

その後オットが早々に寝て。

その後、パソコンを開いたわたしは、たまたま理不尽なニュースが目に入ってしまい。

次から次へとネットサーフィンしつつ、怒りにまかせて追い飲み…

(おバカにもほどがある、呆笑)

その勢いでお風呂に入ったらさらに酔いが回り。

本気で気分が悪くなって、ほぼ1時間。

ひとりこっそり夜中のトイレでうずくまっていた時、不意にこの歌のこの部分を思い出しました。

不本意~(笑)(自殴)(泣)

わたしの場合「社会に飲まされた」のではなくて、勝手に自ら飲んだわけだし、もう十分にオトナ過ぎる年齢だしで、申し開きのしようもないわけですが(笑)

いつの間に、日本人の心はこんなに荒んでしまったのだろう?と、なんだかたまらない気持ちに襲われて、やりきれなかったのでした。

それにしてもわりとお酒は強い方だと自負しているので、自宅でしかも一人で飲んでいて、気持ち悪くてうずくまるほどになったことにびっくり(笑)

元々ずっとだらだらと体調不良で、久々にドカンと飲んだのもいけなかったと思うし。

幸いにも翌朝までお酒が残ることはなかったけれど、その瞬間はかなり気分が悪かったので。

「もうしばらくお酒は結構です!」

という気持ちになったのも「いいクスリだわ!!」と自分のことなのに他人事のように思っている水曜日(笑)

さて。

その事件があって、この曲を思い出したので。

週末からこっち、またずっとLOVE FADERSを引っ張りだして、暇さえあれば「AGE DRUNKER」を聴いてました。

open.spotify.com

そもそもわたしはかなり強引に自分のエピソードに勝手に寄せちゃったけれど。

「時代のアルコール」ってなんだろう?

アルコールは舌触りがよくて、気持ちよく酔えてついつい飲み過ぎちゃうけど。

度が過ぎると毒になり、かえって辛くなるのもまたアルコール…

前後の文脈から読み取ると、正義を盾に取った論争とか争いごとかなぁ??

剛さんは常々「ひとつ」になることを願い望んでいるから。

結果的に社会の分断を生んじゃうような流れかなぁ~

ちょっと簡単には答えは導き出せませんが…

みなさまはどう思われますか??

元々大好きな曲なのに、考えてみたら感想すらろくろく書いてなかったので、少しだけメモ。

展開がとてもドラマチックだし、安定した重めのリズムグルーヴ、ベース音が響く中、ちょっとノイジーなおカズやピコピコ音も鳴っていて。

EDMってジャンルに近い…のかな??

(実はEDMというジャンルを最近知ったばかりなので、まったく見当違いだったらごめんなさい。)

音作りもとっても凝っていておもしろい1曲です。

とても気持ちよくって、身体をゆすってノリノリで聴いてしまいますが…

実はその中に、相当に練られた突き刺さるリリックがたくさん隠れてます。

そしてENDRECHERIの音楽の中では、かなり聞き取りやすくはっきりと発音していて。メッセージ性の強さ。

切実に伝えたいのだ!と感じます。

争い戦いたい理由を探す為には もう生きなさんな

とか。

信じ合うよりも 感じ合いたいね 集狂せず 個を生きよう

とか。

誰かを傷つけ 自分を満たしても

誰かを愛することが 自分を愛するってこと

気づけず 何しても同じよ

とか。

最近の世相を見るにつけても「そうだよね」と思うことだらけです。

サビの「AGE DRUNKER~♪」の詞のあとの歌詞は、どこもすごく刺さるフレーズだと思うのですが。

出て来るたびに少しずつ違っていて。

愛す 僕だけを救えたら良いんだよ じゃ駄目なのよ 

最初こんな風に言たのが、次には

愛す 君だけを救えたら良いんだよ じゃ駄目なのよ

になって。ラストでは

愛す 僕らをね 救えたら良いんだよ じゃ駄目なのよ

と一見とても厳しい言葉たちだけれど、心底もっともなのだ!!

もっとも過ぎてずしっと来て。

そんなところにも、とても心惹かれる歌詞だなぁと思うのです。

自分だけとか。

自分の周りだけとか。

仲間だけとか愛する人のためだけとか。

自分の国だけとか、友好国だけとか。

そんなことを言ってる場合じゃな~い!!!

誰の手にも負えなくなって、地球が取り返しがつかないところまで行ってしまう前に…

しっかりと目を覚まして、誰もが自分も相対する誰かのことも、全部ひっくるめて救おうと思わなきゃ、間に合わなくなっちゃうよ!?

そう言われているような気がします。

剛さんがことさらに滑舌よく、歌詞をはっきりと歌い、歌い方にも一切迷いがなくて。

音楽としてもよどみなく、まっすぐに強いから…

何度も出て来る「孤独」という言葉でさえもまるで応援の言葉のように聴こえてきます。

多数派に惑わされることなく。

自らの意思で「そこ」であり「ひとつ」へと向かうこと。

「簡単じゃない!?」と言われているようだ。

そんなことをつらつらと考えていて。

思い出されたのが、昨年のENDRECHERIのふたつの配信で歌われたこの曲のこと。

とりわけ平安神宮ライブでは初めてCD以外の音源を聴いたので、驚きと感動が半端なかったことが思い出せます。

あの時にこの「AGE DRUNKER」と、かつてのENDLICHERI☆ENDLICHERI時代の「White DRAGON」が、共通するコードを繰り返し助走しつつ、それはそれは上手に繋げてあって。

そのセンスにもただただ脱帽したのです。

今となってみれば「White DRAGON」もまた、ものすごく刺さる歌だったのだなぁとあらためて思うのですが。

当時のわたしはまだFUNKのライブについて行くのがやっとで。

この曲では剛さんが奏でていたひずんだギターや、当時の重装備の扮装や。

バンドとの掛け合いなどに多分に気を取られていて。

マシンガンのようにとても早口で歌詞を紡いでいたし。

歌詞の意味まであまり深く掘り下げて考えてなかったような気がするのです。

今あらためてこの曲に再度出会えて、ずいぶん見え方が変わった気がしました。

そしてさらに興味が広がって歌詞をあらためて眺めてみると…

この曲の歌詞に、たくさんの

時代の愛が歪んでいる 

 という歌詞が入っていて。

 混沌とした世の中に本気で辟易している今日だからこそ。

この歌詞の重みがさらに実感的によくわかるようになった気もしました。

このまま歴が繰り返されるが 

愛達は 何処へ向かえば良いのかな? 

 なんて鳥肌が立ちます。

死にはしない 黙りもしない

とか

無駄にはしない 降参もない

とあって。

そして

永久に乱舞する命

とくる。

この曲が生まれた頃の剛さんは、いろいろな意味でぎりぎりのところで踏みとどまっているのが客席からも容易に想像ができました。

小さい頃から放り込まれた世界で、オトナが信用できなくなっていて。

パニック症も発症して、ステージに立つことさえも怖そうで苦しそうで。

客席のファンにさえもどこか怯えた表情で。

そんな中で行われたライブも、初っ端は完全武装で登場して。

帽子、サングラス、ペインティング、髭…何重にも武装し、重ねたものをひとつひとつ外していく姿は、命がけで闘っているようにさえ見えていたことを思い出します。

この歌を歌うことで、負けそうな自分を鼓舞していたという一面もあったのかも。

それがさらに「これだけの日を跨いできた」今、あらためて歌われた感動もさることながら。

配信ライブでは、確かたくさんの歌詞替えがあって。

例によってマシンガンであまり聞き取れなかったのですが…

僕らはいつになってもさひとつになれない今、まだ続けるのかな?

それにもう飽き飽きだ 

ここはものすごく印象に残って、いつか感想を書く日が来るかも?と思って、メモってました。

世の中に対する焦燥とはっきりとした意思表示。

あの頃とはまったく違い、迷いのない剛さんがそこにいて。

ものすご~く感動したことを思い出します。

そして。

オリジナルのこの歌詞。

さあ この世に君の愛

堕とせ 真ん中へと 

 なんだか何度も反芻している間に、勇気が湧いてくるような気がしてきました。

よけいなものを見聞きしては惑わされるのをそろそろやめたいです。

そんな暇はないのだ!!!

(特にわたしは剛さんよりさらに年齢を重ねてるしね~、笑)

ふらふらしてないで、右でも左でもなく。

すいている真ん中の道を、まっすぐにいかないと。(by Ginger)

と、こんな風に。

折にふれて最近、あんな歌詞、こんな歌詞を思い出しては噛みしめてしまうわたしがいて。

つくづくと、生きてるうちに好みの音楽やリリックに出会えた幸せを思います。

(クラシックをやっていると、大概の好きな曲の作曲家さんはもう天国だから。

好きな音楽家と同じ時代を同じ景色の中に身を置きつつ生きられるということがどれほどの奇跡で幸せなことなのか、本当にしみじみと感じてしまいます。)

幸いなことに、しばらくは飲みたいという気持ちにはならないでしょうから(笑)

これに乗じて、少し身体を軽くしたり身体作りにいそしみつつ、たくさんの音楽に触れたいです。

そして。

あの配信の平安神宮ライブや生配信の244分の配信ライブ。

映像化しないかなぁ?ととても期待しています。

実は、特に平安神宮の方は、1週間という余裕があったので。

県内のファン友たちとワイワイやる時に取りこぼしが生じないように(笑)

12枚というとんでもなく長いメモを取っていたのでした(笑)

そうこうしているうちに、県内でさえ移動がなかなかに困難になり、顔を合わせて語り合うことさえNGな状況になってしまったので。

「平安ライブについてとことん語る会」は結局は実現できなかったのですが…

できることなら映像化されたブルーレイを、いつか距離を問わず、仲良しの友人たちと一緒に観つつ、ワイワイやりたいものだと夢見てます。

早く収束しないかなぁ…

というわけで…なんだか途中から、根拠のない長い考察になってしまいました。

ケリーの歌は、わからなくても「わかりたい!!」と大人を切実に思わせちゃうところがあるような気がして。

自分なりの解釈を加えたくなるし、考えている時間もまた幸せだなぁと思うのです。