ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

 三峯神社への旅 その1 (神社に着くまで)

晩秋の頃、秩父三峯神社に行きました。
この日記はずいぶん時間が経ってしまったので、スルーしようかなぁとも思っていたのですが「時間がかかってもいいからちゃんと書いてね!読みたいんだから!」とおっしゃってくださる方が何人かいらして、そんな風に言っていただけるなんて本当にありがたいことだなぁと思ったので、記憶を掘り起こしてみました。
Uさん、minさん、空さん、Kさん、そして通りすがりのみなさま。
つたない文章と下手な画像ですけれど、ぜひぜひご覧になってくださいね。
そもそもはだいぶ前にこの本を読み、秩父の山にとても興味を持ったのがきっかけです。

オオカミの護符

オオカミの護符

BOOKデータベースには

内容(「BOOK」データベースより)
五〇世帯の村から七〇〇〇世帯が住む街へと変貌を遂げた、川崎市宮前区土橋。長年農業を営んできた著者の実家の古い土蔵で、護符がなにやら語りかけてくる。護符への素朴な興味は、謎を解く旅となり、いつしかそれは関東甲信の山々へ―。都会の中に今もひっそりと息づく、山岳信仰の神秘の世界に触れる一冊。

と書かれています。
宮前区土橋というと、田園都市線沿いの、都会的でお洒落な住宅街というイメージのあるところですが、実はそういうイメージになったのはまだまだ最近のことなのですって。
わたしと同年生まれの著者の家をはじめ、その近隣では、ほんの少し前まではほとんどが農家をして生計を立てていたのだそうです。
この本ではたまたま見つけた自宅の蔵に貼られた護符のルーツを辿る旅の過程で、次々と明らかになる街(当時村だった)の歴史を紐解いていきます。
作物を作るのに欠かせない水は多摩川の恵みに負うところが大きくて、その川を上流の方へ辿っていくうちに御嶽山、ひいては広く秩父山系と里の村との深いつながりまでもが徐々に明らかになります。
里の農家の民は、五穀豊穣を願い、豊かな水の恵みが続くことを祈り、毎年川の源流を辿り、その源の山に詣でます。
山の神社に祈りを捧げ、毎年おおかみの護符をいただいて帰るのが年中行事のひとつになっています。
収穫の後は、里を守っていただいたお礼やお供えとして、里から山に作物がもたらされます。
定期的な参詣の道すがら、山の人々と里の人々が交流し、その文化も交流、伝わっていきます。
山の人々と里の人々、川沿いの人々はお互いに助け合い、支え合いながら生きてきました。
この本の表紙に出てきた護符は青梅の御嶽神社のものでしたが、この日行った三峯にも狼の護符があって、この神社にはとってもいい「気」が流れていると聞いたので、ぜひ行ってみたいと思ってました。
少し前に浅田真央ちゃんのおねえちゃんの舞ちゃんが番組で行っているところを見てこの神社のお札「気守り」をいただきに行きたいなぁと思ったのもあります。
真央ちゃんにもあげたいと言っていた舞ちゃん。真央ちゃんも秩父の神さまに守られて悔いのないスケーターとしての集大成の成果を残せますように。
そもそも同じ県内ですが、ものすご〜く遠い印象がある秩父には、もう20年前から住んでるにも関らず一度も行ったことがないのですよ。
というわけで、11月24日、寒くなる前に行ってみようということで早朝6時前に家を出て車で出かけました。
本当はオトートも行くはずだったのですが、前々日になって、ネットで軽い気持ちで申し込んでいた横アリのアニメ系のライブの無料チケットが当たったと言い(ああいうのって当たらないものだと思ってました。オトートというヤツは時として超強運を発揮します、笑)別行動。
アネとオットと3人という珍しいメンツで行ってきました。
さて。
早朝の外環道を降りたら、滅多に見れない富士山がくっきり見えました。幸先のよいスタートです。

秩父に入ってからもしばらくは見慣れたホームセンターや大型店舗が並ぶ中、片面交通のダムの橋を渡ったあたりからだんだんに山道へ入っていきます。
あれ?なんか天川へ行く時の道と雰囲気が似てない?とオット。確かに、確かに。
この日はとても紅葉が美しくて、息を飲むような光景が広がってました。


山の上の駐車場に着いたのは9時ちょっと過ぎたくらい。意外と近かった気がしました。
駐車場のところにトイレがあって、そこにこんな看板が!

そして当然ながら笑われる母。
この時はまだ、携帯をトイレにぽっちゃんして間もない頃でしたから、尚のこと…です(涙)
もちろん懲りごりしてますので、まず最初にトイレを済ませてということになったのですが、和式トイレに入る際には携帯はポケットでも手でもなく、ちゃんとバックへ入れました。過ちは繰り返すまじ(笑)

駐車場からとんとんとんと少しだけ階段を上がって、高いところから見た景色は、なんだか冬枯れで、おだやかな晩秋の季節の変わり目な感じを十分に味わうことができました。
駐車場から山門までの道のりはそんなに遠くはありません。
お年寄りもたくさん歩いてらして、途中にはお茶屋さんもあって、ぶらぶら歩いているうちに到着するから、多分体力に自信がない人でも大丈夫です。

これはお店の二階の景色です。つるし柿がずらり。ものすごく郷愁を誘われました。
ああ、実りの秋だなぁ。
このお店の前でいい匂いがしていて、誘われるようにして「いも田楽」を買いました。串に大き目のが3つもついていたので、オットとアネとひとつずつ分けっこして食べました。ほくほくのじゃがいもに味噌餡がついてておいしかったです。
そういえば参道に普通に「クマ注意」と書いてあってびっくりしました。ああ山の中にいるんだなぁと実感します。
以前に実はもう絶滅した?とされている日本狼は、秩父の山中にひっそりと生息するんじゃないか?という番組を見たことがあって、クマだっているくらいだから、狼がいたって全然不思議はないなあと思いました。
なんたって、神社のまわりはともかく、ここに来る前に通った道を思い出すと相当山深く豊かな自然が残っていて、野生の生き物にとってはまだまだ生きやすい場所なのだろうなあと想像できる感じでした。
狼はおとぎ話しでも悪者のように描かれることが多いけれど、たとえば狼がいたことにより、野生の動物の個体数が山に住むのに適当な数に保たれていたわけで、結果的には作物が必要以上に食い荒らされることもなく、守られていたわけで。
今長野などで、たとえば鹿が必要以上に増えて害獣となりつつあるような話しを聞くと、いつもあのテレビで見た狼のことを思い出します。
三峯神社のWikipediaには

三峰信仰の中心をなしているものに、御眷属(山犬)信仰がある。 この信仰については、「社記」に享保12年9月13日の夜、日光法印が山上の庵室に静座していると、山中どことも知れず狼が群がり来て境内に充ちた。法印は、これを神託と感じて猪鹿・火盗除けとして山犬の神札を貸し出したところ霊験があったとされる。
また、幸田露伴は、三峰の神使は、大神すなわち狼であり、月々19日に、小豆飯と清酒を本社から八丁ほど離れた所に備え置く、と登山の折の記録に記している。

と書いてあります。
わたしたちは今回さらに先の奥宮には行かず、本殿の方だけを見てきたのですが、それでも十分に見応えがありました。
そのお話は次の日記に書きたいと思います。