ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

 町長選挙

町長選挙

町長選挙

 前の2作品からしたら、この「町長選挙」はずいぶんトーンダウンだという声をあちらこちらで読みましたが、笑いは少なかったかもしれないけれど、わたしはかなり満足して読みました。むしろ、読みながらとっても元気になりました。
 ちょっと前に触れたとおり、この作品の最初の3話は、かなり実在の人物を意識したパロディーです。(もちろんフィクションで、当然ながら実在の人物とはなんら関係ないのですが、確信犯的に、実在の誰かを思い出させるつくりになっている感じなのです。)
 そのモデルになったであろう著名人たちが、ことごとくわたしの苦手な方々だったので(ごめんなさい!)、ちょっとどうかなあ?!と思いつつ読み始めるのですが、奥田氏の手にかかると、どんな風変わりな人物も嫌味な人たちも、愛すべき欠点を持った素敵な個性のある人に見えてしまうから不思議です。気がつけば彼らにどっぷり感情移入しつつ読んでいます。
 この本を読みながら、わたしは何度も「英雄待望論」という言葉が浮かびました。「誰かを英雄に祭り上げたり、誰かを悪の権化にしていれば安心。」みたいな心理。マスコミはそういう人々の心を利用して、大げさに煽りながら常に新しい誰かを祭り上げたり、祭り上げた人物をある日突然容赦なく突き落としたりします。祭り上げられた本人はもちろんたまったものではないでしょうが、わかっていながら、大して知りもしない人物をものすごくイヤな奴だと毛嫌いしたり、かと思えば必要以上に美化してしまったりする自分に気づくと、とてもむなしい気持ちになったりします。
 伊良部先生はこんな世の中においても、常にマイペース。ミーハーの癖に、相手によって態度を変えたりへつらったりバカにしたりはしません。誰に対しても同じように無遠慮にふるまっていますが、気がつけば、世間に対する武装に疲れ果てて、壊れかけた人々の武装を解き、素の自分を取り戻させてあげているような気がします。「世の中には、特別の英雄なんていないし、特別の悪人もいないんだよ。みんなある意味欠点だらけで弱虫だけれど、どんな人間も愛すべき普通のただの人間なんだよ・・・」と言う当たり前のことを思い出させてくれます。
 治療しているんだか、悪乗りしているんだかさっぱりわかならないうちに、気がつけば患者たちに生きる活力を取り戻させるその手法はさすが!傲慢でとおっている「ナベマン」ことプロ野球オーナーも、怖いもの知らずのIT企業社長の「あんぽんまん」も、伊良部先生にかかっては型なし。ちょっとだけネタばれですが、「ひらがなアルツハイマーになるIT企業社長」なんて、奥田氏はなんておもしろいこと、考えつくのでしょう。またこの治療?!に使われる場所と小道具がとってもおもしろいの。
 前2作にも共通するのですが、最初無礼だのバカだのまるで子供だの、ボロクソに言っていた患者たちが、気がつけば自主的に伊良部先生のところに通い始めます。そして自分から腕を差し出してまゆみちゃんの注射を受けるというお決まりのパターンがはじまると、「来た来た〜!」とうれしくなります。もっともっとシリーズをたくさん作ってほしいです。
 伊良部先生は、容姿もどうやらボヨンボヨンで、お金持ちのボンボン息子、なんでも手に入ってあたりまえだと思っており、わがままだしちゃっかりしているし、「パパ」の威を借るナントカでもあり・・・おおよそヒーロー的要素皆無。一見長所を探すのが大変なぐらいです。なのにそんな彼を不愉快に思うでもなく、時にヒーローにさえ見えたりします。わたしの中にある先入観という先入観を打ち破ってくれるから大好きです。
 4話目のタイトルにもなった「町長選挙」に至っては猛烈に社会風刺が入っています。これは今までの「イン・ザ・プール」や「空中ブランコ」とは趣を異にして、これは特定の患者の治療物語ではありません。伊良部先生は離島に2ヶ月だけ派遣された医師で、まゆみちゃんとともに、誰もが呆れ果てるような様々な逸話を残しつつ、いつか島の争いを収めてゆくのです。
 途中から青春風味にもなってきて、これはどういうこと?!という不思議なオチがつき、とてもおもしろい話でした。島のおばあちゃんが言うせりふ、「みんな伊良部先生を好いちょるよ。あほうは可愛い。気が楽でいい」このセリフには、この物語のエッセンスが集約されているような気もします。人は、必ずしも完璧で立派な人間を求めるのではなくて、かっこよくなくても、賢くなくてもいいから、同じ目線で一緒になってわいわいしてくれる人を求めているのだなあと。だから必要以上に自分をカッコよく見せる必要なんてないし、笑われたって恥かいたって、堂々とありのままにしていればいいんだなぁと、ひたすらに安心させてくれる気がします。
 全体として、ギャグ的要素「トンデモ医師」っぽさが弱く感じるので、評判がイマイチなのかもしれません。でも、わたしは3作目、結構好きです。精神を病んでいるか病んでいないかの境界線はどこまでも続くグレーゾーンで、今回の患者さんたちは、このグレーゾーンの辺りを不安を抱えながら第一線で活躍している人ばかり。そんな設定がありそでなさそで、なんだか共感がもてました。一応解決を見たようでいて、「すっきり完治」とまではいかないのかな?と思わされる話もありましたが、それもまたリアリティー。でもでも・・・患者さんたちみんなが、「また、いっちょがんばってやるか!」と前向きに歩き出す最後はどれも心地よく、読後感はさわやかでした。