ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

 負けないで!!

うちの生徒のTちゃんは、とてものんびりやさんで、おっとりしています。彼女は今4年生ですが、2年のときに左手首を骨折して半年レッスンを休んだこともあって、やっと両手で弾けるようになってまだそんなにたっていなくて、バイエル20番台をとても苦労しながらがんばっています。お友達は着々と60番、70番に入っていて、レッスン室ですれ違うこともあります。多分へこむこともあるでしょうが、いつもマイペース、文句ひとつ言わず、何週間でも地道にがんばる彼女がわたしは大好きなのです。
 そのTちゃんが約ひと月かけてやっとある曲を仕上げました。いくつかアドバイスはしたものの、わたしには結局何もできなくて見守るだけだったのですが、本当によくがんばって、ついに一度も間違えず弾けたのです。
 彼女はもちろんとてもとてもいい顔をしていましたが、わたしもうれしくて多分堂本剛を見守る中村修二さんのような顔をしているんじゃないかなあなんて思いながら、すがすがしい気持ちでレッスン室を出ました。(わかる人にしかわからない例えでごめんなさい)多分待っていらっしゃるであろうお母様に、二人で得意満面に「できました」報告をするんだろうな・・・なんて思いながら。
 そうしたら、お母様がいつになくとても険しい顔をして待っていて、「やっとバイエル25番が仕上がりましたよ。」と言ったら、「まだそんなとこ。うちの子、何をやってもダメなんです。」とおっしゃるではありませんか。
 撫でてもらおうと思って出した頬を突然殴られたような気分になりました。しかも当の本人は隣にいるのです。お母様と言えども、ひどいじゃない。となんとかいろいろ彼女の良いところを言おうと思うのですが、本人の気持ちを思うと怒りと悔しさでなかなかことばが出て来ません。「そんなことないですから」と言うのが精一杯で、怒りに震えていたのですが、そのときにお母様の目を見てハッとしました。お母様の目が潤んでいたのです。何があったんだろう?その場はTちゃんがいかにがんばったかを淡々とお話して、さよならをしました。
 それから数分して、事情がわかりました。ご近所のおばあちゃんたちが、うちの前で大声で井戸端会議をしているのです。お孫さんたちのことで嫁の育て方の不満話をしているのだと思うのですが、「最近の子供はちっともなっていない。ボーっとしていて、覇気がないったらありゃしない。あんな子ばかりになったのは、母親たちがだらしなくて、ちゃんと教育していないからだ。子供なんてものは、厳しく言うことを聞かせれば、誰だってできる子になるはずなのだ。最近の若いお母さんは認めてやるばっかりで、甘やかしてばっかりだ」というような話をしているのです。
 ははぁ、これだな。これを長々、お母様は隣で聞かされていたわけなのでしょう。小さい妹を遊ばせながら待っていたお母さんの横で、延々そんな話をしていれば、お母様のほうがいたたまれなくなってしまうわけだと思いました。なんて無神経なのでしょう。おばあさんたちこそ、「ところ構わず無神経な話をしない」と言う躾は受けて来なかったの?と心の中で毒づいてみたものの、わたしに言っているわけでもないのですから、わたしが反論する術もありません。
 それにしてもTちゃんはいいとばっちりでした。あんなにがんばったのに。いつものお母様なら、大喜びで、子供ががんばったことをちゃんと認めてあげる素敵な方なのです。いずれにしても、いい気持ちでがんばったTちゃんが一番かわいそうで、とんだ帰り道になったことでしょう。
 そんなことがあったのが先々週のことで、先週のレッスンにはいつもと変わらず元気にほがらかにやって来たTちゃん。彼女は強いなあと思います。何を言われてもマイペースをきちんと守れる芯の強いすごい子です。いつか変わらぬマイペースのTちゃんが、ぐんぐん伸びていくときを、近くで見守っていられるといいなあとつくづく思った出来事でした。
 おばあちゃんたちの言い分は、あながち100%間違いではないかもしれないけれど、一生懸命子育てをしている人を傷つけてしまうのが、同じく子育てを必死にしてきたはずの仲間だというのが腑に落ちません。一番子育ての苦労をわかっているはずの人たちが、時を経て同じ立場にたっている人間に無駄につらく当たるっていうのはどうなのでしょう。わたしだって本当にひとこと言ってやりたいと思う若いお母さんもいますが、いつもこうした厳しいことばをまともに受けてしまうのは、心優しい子育てを一生懸命にがんばっているお母さん。本当にお灸が必要なお母さんは、決してそういう話を横で聞いても自分のことだとも思わないような気がするし、なんだか大いなる矛盾を感じたのでした。