ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

義父の3回忌

茨城の義母の家で3回忌法要がありました。久しぶりにオット方の親戚が集まって、いつものようにお坊さんは義母の教え子で、和気あいあいとした空気の中で無事に終了、義父も喜んでいることでしょう。義姉とわたしは偶然全くの同姓同名(姓は当然として、ファーストネームも字までも一緒なのです)で、そのせいなのかどうなのか、なんとなく性格も似かよっている気がします(顔はおねえさんはハッとするほど美しい人なので似ていませんが、笑)お互いさっぱりしていて自分からそんなにしゃべるわけでもなく、相手のことも必要以上に聞いたりせず、でも黙っていてもちっとも居心地が悪くはなくて(と年下のわたしが思えるということは、義姉が人間が出来ているということです)この人が義姉でよかったなあと思うのです。
その義姉より更に性格が似ている気がするのが義母で、むしろ本当の母とよりも似ているではないかと思うくらいです。もし前世というものがあるとしたら、絶対に義母は身内だったに違いないと思ったりします。もちろん人間の出来は雲泥の差(笑)ですが、「理想形」と思える人生の先輩が身近にいるのはありがたいと思ったりします。そんな悠長なことを言っていられるのは一緒に住んでいなくて濃いつきあいをしていないからだと義父母と同居の友人は言いますが、そうだとしてもそう思えるうちはそう思って暮らしたいなあと思うのです。
いずれにせよ、義父母の家族親族はみんな関西人なので(今はみんな東京近郊にいますが、もとは大阪出身の家なのです)ぼけたりつっこんだりして常に笑いが絶えません。義父のお葬式の時でさえオットやらお兄さんやらいとこや義母までが、故人までネタにして哀しみに暮れながらも笑いをとっていて、しみじみとしながらも思わず吹き出したりしたのでした。もっとさかのぼって結婚前に初めてオットの家に行った時、何かでオットがボケをかまして、初対面のわたしを前に義母がいきなり自分がはいていた靴下を脱いでオットに向かって投げつけながら鋭いツッコミをするのを見てからというもの、「大阪の人はずっとツッコミ漫才をしながら生活してるんだろうか?」という素人っぽい疑念を抱いていて(笑)いまだにその思いは消えるどころか強くなるばかり・・この一族を見ている限りにおいてはね(笑)