ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

 わたりどり

先日1年生になったばかりの生徒、Aちゃんに「わたりどり」という曲を宿題に出しました。
彼女は渡り鳥を知らなかったらしく「どういうのが渡り鳥?」と聞くので、
「わたりどりはね、毎年長い旅をするんだよ。仲間同士で一列になって、違う国まで飛んでいって、また季節がやってくると同じところに戻ってくるの。それを繰り返している鳥なんだよ。」
と簡単に説明しました。
Aちゃんはしばし無言で考えていました。
そしてお手本を一度弾いてあげたら、
「ねえ、この曲はどうして短調でさびしいの?」
「渡り鳥は旅をするのが悲しいの?」
なんて言うので…
「そうじゃないんだけどね。さびしいのは飛んでるのを見ている人の方かもしれない…」
なんて、ちょっと1年生に話す話じゃないなぁなんてことまでついでに言ってしまいました(笑)
そして1週間が過ぎ、彼女がやってきたらレッスンノートにおかあさまからのひとことコメントが。
「この1週間、Aのあたまの中は『わたりどり』でいっぱいでした(笑)」と書いてあります。
そして弾いてもらったら…びっくりするほどせつなくて気持ちがいっぱい入った感じにウエットに弾いてきていて、それはそれはびっくりです。
片手を継いで弾く8小節の簡単な曲ですが、聴いていてどれだけ「わたりどり」のことを考えた1週間だったかがわかるような彼女のピアノでした。心打たれましたよ。
あとから迎えに来られたおかあさまがおっしゃるには「寝ても覚めてもわたりどり」。
どんな鳥がいて、どこから来てどこへ帰るのか、どこへ行けば見れるのか。
朝飛んで行くのか夜飛んで行くのか、何羽くらいで渡るのか…おとうさんやおかあさんを質問攻めにしていたそうです。
「先生のお手本が悲しい音だったのがものすごく心に残ったみたいで、『なんで、なんで?』とずっと言ってましたよ。『これじゃ先生のと違う。こんなんじゃなかった。』とも言って首をかしげてましたよ。」
とも言うではありませんか!!
軽い気持ちで弾いたお手本がこんなに生徒の心に残ることもあるのなら、もっとていねいに弾かなきゃです。
たった一度聴いただけの音に、子どもはこんなに素直に反応するんだなあとひたすらびっくりしたできごとでもあって…
このAちゃんはちょっと変わった子でもありますが、今までの初心者の子たちとは明らかに違うことを喜んだり、違うアプローチをしてきたりするので、とても勉強させてもらってます。
この間は一度全部終わった「ピアノランド」という曲集の曲を弾いているので、「すごいねぇ、まだ覚えてるの?」と言ったら「もう一度全部レッスンでやりたい。」と言うので試しに宿題にしてみたら、ほんとに全部いっぺんにやってきました。
小さい子は飽きっぽいところがあって、あんまりしつこく1曲に捉われると練習がイヤになっちゃうので、できてもできなくても、あくまでもさらっと。似たテクニックを使う曲をたくさんやりながら、だんだんに覚えてもらう…という形を取ることが多かったのですが、この子は明らかにひとつの曲にじっくりと取り組みたいタイプ。
納得がいかなければ何度でもやるし、「弾きたい」と思えば終わった曲でも何度でも戻りたがります。子どもが自分からやりたいものと出会った時の集中力には驚かされるばかりです。
すごいです。
うんと小さいうちや、初心者でやってきた生徒とは、まずは仲良しになること、一緒に音楽をすることが楽しいと思ってもらうことが最優先で、最初は「先生に会いたいから行く」でもいいかなぁと思っている方ですが、もちろんずっとそのままというわけにはいかなくて、いつかは「音楽が好き。もっとピアノが弾きたい。上手になりたい。」という気持ちになってもらわなくては意味がないわけで…
そのあたりの境界線を越えるのがなかなか大変なわけですが、彼女はやすやすと越えてしまいました。
なかなか楽しみな子がやってきましたよ。
恐ろしく繊細で、人の小さな気持ちをも瞬時に読んじゃうところがあるので、油断がならない時もあります。
彼女が納得できる答えを返す自信がない時もあります(笑)
3月生まれなのでその成長もゆっくりで、油断すると「わたちね(わたしね)」になって4歳上のおねえちゃんに注意されてべそをかいたりもします(笑)
あまりにも手が小さくてまだ力もないので(学校でもいつも前ならえの時、腰に手を当てる先頭らしいです、笑)重たい鍵盤と格闘して、なかなかレガートに弾けないのですが、今後の成長が楽しみです。
これまでの生徒と同じように、彼女も長く通ってきてくれるといいなぁ〜
「小学校1年生の頃わたりどりという曲にはまったことがあってね。すっごくがんばったんだから。それはそれは一生懸命でかわいかったのよ。」
とか
「『先生、金曜日の金、いがいとヘタだね。わたしのがうまいよ。ここはもっとちゃんとはらいなさいって先生が言ってた。』な〜んて言われたんだよ」なんて(実話、笑)思い出語りできる日がやってきますように。