ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

 とっても心強い1冊!!

 ここのところ、仕事にしても子どもたちとの関係にしても、まだまだだな〜と思うことが多くて、特に仕事では「八方塞りかも!?」と思う瞬間も多々あって、心に大きな塊がつかえている気持ちでした。わたしって人としてダメなんじゃないか?と思ったり、実は何もわかっていないのに、年だけは食ってわかったフリをしているんじゃないか?とか、こんなんでお金をもらっていいのだろうか?とか、ネガティブなことばかりが頭をよぎっておりました。
 ところがです。突然に雲間からお日様が見えるようなステキな本に出会い、八方塞りも打破できるかも!?そもそもそんなにたいしたことじゃなかったんじゃないの?という清々しい気持ちになっています。

木のいのち木のこころ〈天〉

木のいのち木のこころ〈天〉

 この本は実は、我が家の本棚にあった本です。何年か前に読んだ本ですが、その時はいい本だなあと思ったものの、そんなに深く心に残らなかったのです。多分、タイミングが「まだ」だったのだと思います。出会いにはタイミングがありますからね(笑)
 ところが、今年の春「京都」や「奈良」を旅して神社仏閣を見てまわったこと、仏像に興味を持ったことから始まり、先日「薬師寺展」を見ていたく感動したこともあって、同行した友達にNHKハイビジョンの「薬師寺〜白鳳伽藍の一年〜」という番組を見せてもらいました。
 番組自体もすばらしかったのですが、その中で薬師寺伽藍の再建に関わった最後の宮大工棟梁と言われている西岡常一氏のことが紹介されていて、あれっ!?この方の本、読んだことがあるぞ!と思い出したのです。
 それで本棚の隅っこの方から引っ張り出して来たのがこの本です。
 今は亡き西岡氏が現役を引退なさった85歳の時に書かれたご本で、口述によりしゃべり言葉そのままに書かれているので、とても読みやすくわかりやすい本です。
まえがきには

これまでしてきた仕事を振り返りながら、技や勘、人を育てるというのはどういうことかを話してみましょう。

と書いてあり、本を読んでいくと、「木」の話は本当に興味深いことばかりだし、本来忘れてはならない、受け継いで行かなくてはならないはずの過去からの叡智がたくさん詰まっている気がします。
 たとえば

癖というものはなにも悪いもんやない、使い方なんです。癖のあるものを使うのはやっかいなもんなんですけど、うまく使ったらそのほうがいいということもありますのや。
中略
木を生かす。無駄にしない。癖をいいほうに使いさえすれば建物が長持ちし、丈夫になるんです。
中略
もう少しものを長い目で見て、考えるということがなくてはあきまへんな。今はとにかく使い捨てという言葉が基本になってしまっているんですな。

なんて書いてあったりします。
 また、宮大工さんたちが扱う檜(ひのき)のことについては、すでに日本書紀に「宮殿建築には檜を使え」というようなことが書いてあって、その頃から檜の特性は知り尽くされていたという話があったり。
 かと思うと薬師寺を再建するときに使った檜は樹齢2000年前後のものでなくてはならず、そんな神代の時代からあるような樹齢の檜は地球上で台湾の原生林の中に残るだけ、日本の檜の産地木曽でも、せいぜい500年の樹齢のものしか育っていない・・・という話。「樹齢千年の檜は、大工の技と智恵で、建物になっても千年持つますのや」と心強く断言されているお話もあります。
 途中からたくさん触れられている、木の職人を育てるノウハウは、子育てやピアノの生徒を育てるやりかたにも多分に通じるものを含んでいて、現代社会が忘れかけている大切な大切な智恵がいたるところに書かれています。
 「人を育てることや、家を建てることに、近道などない。」ということや「すぐに結果が出るのではない。長い目で見なくてはならない。無駄なことはひとつもない」とか、「技は技だけで進歩していくのではなくて、こころと一緒に進歩していく」とも書いてあります。
 そういうことが押し付けがましくなく、淡々と語られていて、もったいなくていっぺんには読めないという感じがするし、別に泣かそうと思って書かれた文章ではないのに、なぜか読んでいて、涙がにじんできたりもします。
 一ページ、一ページをかみ締めるように読んでいて、本から離れても心が捉えられて、時々本の中身について考えていたりもします。
 今の社会は、後期高齢者の医療費の問題が大きく取り沙汰されたりもして、一見、とかく年を取った人が疎まれているように見える世の中ですが、わたしたちは先人の声をもっともっと聞かなくてはならないし、先人の智恵をもっともっと自分たちの智恵として受け継がなくてはならないのではないかと思います。
 ゼロから新しいものを生もう生もうとあせる前に、今まで先人たちがどういう道を歩いてきたかを知ることによって更に新しいアイディアも出てくる気がします。
 なにより語り口がやさしくて、文章に触れているだけで、自分のおじいちゃんに縁側でぽつりぽつりと話を聞いているような感覚で癒されつつ読むことができます。
 この方の言葉をもっともっと読みたいし、いつもそばに置いておきたいと切実に思い、今続きの本を注文しているところです。
 一度は読んだ本ですが、こんなに熱心には読まなかったので、初めて読んでいるような新鮮な気持ちになっています。
 ここのところあった不安に満ちた空気がいっぺんに入れ替わったような不思議な気持ちに襲われています。この本の存在を思い出してから奈良に行ったらもっと面白かったのではないか?と思ったりもしますが、先に奈良の空気を吸い、奈良に触れて、様々に心を動かされた後でこの本と再度出逢ったことにこそ、意味があるのかもしれません。
 もちろん「奈良にはまた絶対に行こう!」と友達と話しているし、今度奈良に行くときまでに、たくさん本を読んだり知識を深めたりしておけば、きっともっと楽しいよ!と宿題をもらったような気分でもあります。
 同じように奈良に行き、同じように興味が沸いた方にもお勧めですし、なんとなく子育てに、仕事に行き詰まりを感じている方にも、人生に行き詰まりを感じている方にも強くお勧めしたい本です。
 再度読み終わるまでには、まだまだ時間をかけたいと思っていますが、久しぶりに本との邂逅をした気分です。