ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

 そのがんばりに拍手!

 街に明らかに色が増えて来ました。春が確実にそこまで来ているのが感じられます。まだ今のところ桜が咲いているのは見ていませんが、時間の問題という気がします。今年はいつもの年に増して桜を待ち焦がれています。咲いている時期は短いし、こうやって待っている時が一番しあわせのようでもあります。
 さて、5年目にして、やっとバイエルの25番が終わり、「子供のバイエル2」(学研の田丸判では)の最後のページに○をもらったTちゃんの話です。何度か話題にしていますが、彼女はとても不器用な上に、2年生のはじめに、腕を骨折して半年も左手を吊ったまま入院していたので、ここまでの道のりはとてもとても険しいものがありました。左手はただ動かすことさえもできなかった退院直後。どうしても左手が弾けなくて両手に進めなかった1年間。そして、やっと両手にしてみたものの、なかなか思い通りに双方の指をコントロールできなかったここ1年。
 そんな彼女を支えたのは、幼稚園の頃から休まず通ってきて、誰よりも歌ったり、ワークをやったり、手遊びを含めた「音楽を楽しむ」ことが大好きという気持ちと、マイペースでおっとりした性格だったのだろうと思います。
 骨折を境に、教則本が遅々として進まなくなってしまったので、何冊も何冊も、我が家にある入門書を片っ端からやりました。みんなが1冊でクリアーしていく課題を、文句ひとつ言わず、何冊も何冊もやりながら、ゆっくり攻略してきました。
 まるで「修行」のような「弾く」以外の時間には、片手との連弾、声での輪唱と片手との輪奏。日本や世界の名曲やアニメソングを歌う時間、学校の音楽の授業の先取り、リコーダーを持ってきてやったこともありましたっけ。両足の上にタンバリンを乗せて、両手の楽譜のリズムだけを延々追いかけるなんてこともしましたが、彼女は何をやっても楽しそう。「こういうの、楽しいね。」「先週のあの歌、もう1回やりたい。」「これ、輪唱したい。」どんなことをやっても誰よりも楽しめるというのが、彼女の最大の才能です。そうやってがんばりながら、今日大きなひと山を越えたのです。
 一時は「この子にいつか両手で弾かせてあげられるのだろうか?!」と真剣に悩んだこともありましたが、あきらめなくて本当によかったです。清々しい顔で、「あがり」の花丸の隣に自分でカラーペンでサインをして、日にちを書いていました。終了記念です。
 彼女もがんばりましたが、ありがたかったのは、彼女のお母様。進度が極端に遅いことはもちろんご存知でしたし、「いつやめさせたい」と言われるか、ひやひやした日もありましたが、「学校で音楽の授業が一番好きって言ってますよ。」「心なしか、ピアノから帰ってくると左手がよく動くみたいです」などと、反対にわたしを励ます言葉をかけてくださいました。
 「え〜?!5年もやって、バイエル25番までしか行かないの?そんな生徒に教えて何になるの?」と言われたこともあります。「月謝泥棒なんじゃない?」という知り合いの先生の言葉は正直とっても痛かったです。しかし、きっとこれだけ時間をかけてじっくり学んだのですから、ピアノが、音楽が、彼女の一生の中に深く根を下ろしたと思います。
 わたしが育てたいのは、ピアニストでもピアノの先生でもなくて(もちろん、結果的にそうなってくれればとてもうれしいですが)一生音楽を友にできる子。音楽を支えにできるくらい、音楽と親しくなること。
 日本人はみんな英語を習っているけれど、会話がきちんとできて、日常で英語を使う場面があれば、不自由なく使えるという人は、とても少ないそうです。(ご他聞に漏れず、わたしもですが。)
 そして、ピアノもまた似たような状況にあります。ほとんどの子が「もうちょっとで、たいがいのものは楽譜を見て楽しく弾けるようになる」・・・というところまでがんばるのに、そこでやめてしまいます。ピアノというものは、近づいて行くのはとても大変ですが、離れていくのはとてもとても簡単です。
 受験、塾、「バイエルが終わって満足したから」などなど、理由はそれぞれです。わたしが子供の頃のともだちも、みんなわたしよりずっと上手だったのに、やめてしまってからは、二度と楽譜を開いていないとか、ピアノを売ってしまったとか、大人になるころまでに、ピアノを弾いた記憶さえ抹殺されている子もいて、そういう話は聞いていてとてもさびしいです。
 逆に先生の方が、「これ以上やってもモノにならない」なんて、遠まわしに追い出してしまう場合もあるそうです。「モノ」って何だ?「モノ」って。何をして「モノ」という?
 聞いてみて好きになった曲の楽譜を探してきて、自分の力で見ながら弾ける。ちょっと苦しいときに、ピアノにさわってみようかなあと思う。好きなアーチストの曲を弾いてみる。コンサートにノリノリで参加できる。どんな音楽会でも臆せず聞きに行く。気持ちにゆとりが無いときに、ちょっとピアノに向かって気分転換する。子供たちと一緒にピアノで遊ぶ。「もうダメだ!と思った時に、音楽に助けを求めてみようと思い立つ・・・・
 生徒たちが「続けてきてよかった〜」と実感ができるような、そんな先生になるっていうのが長年の夢なのですが、道はまだまだ遠そうです。でも、Tちゃんを師匠と仰ぎ、真っ先に「楽しく」を掲げてのんびり行こうと思います。