ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

平成30年第24回 堂本剛独演会「小喜利の私」11月9日浅草公会堂 前半

やっとここからが小喜利本編です。

いつものごとく、すぐに取り掛かれなかったので、記憶はすでにしてかなり曖昧です。

メモったことを頼りに書き起こしてみましたが、順番とかあちこち間違っているかも?

いつものように、ご指摘は大歓迎ですのでよろしくです。

何か書くたびに反応してくださるみなさまには、心からの感謝を!!

それでは続きを読むからど~ぞ!!

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平成30年 第24回堂本剛独演会「小喜利の私」 11月9日 浅草公会堂 参加日記のプロローグ

11月9日の小喜利に参加してきました。

実はチケットは友人たち含め、全滅だったのですが、やさしいお友達に救済していただき、本当にありがたかったです。

久々のひとり参加だったせいか、階段を上がって行きながら、2000年の暮れ、チケットを譲っていただいて、初めて参加したKinKi Kidsのコンサートのことを思い出していました。

あの時は東京ドームの40ゲート。期待に胸をふくらませつつ、この日と同じように黙々と階段を上っていました。

ああ、懐かしいな。あれからもう18年も経つんだ。

そしてあの時と少しも変らぬテンションで、ときめきと共に開演を待っているなんて。ほんと幸せだなぁと思いました。

あの時、18年後にまだまだ彼らを追いかけてる未来なんて想像もしてませんでした(笑)

この人たちを好きになって、わたしの世界も様々な方向に多彩に広がり始め。

たくさんのご縁をもらったし、興味関心のあるジャンルも劇的に増えました。

何より、まったく音楽をしないとわかっているお笑いライブを、こんなにも楽しみにしている自分なんて想像だにできませんでした(笑)

ああ、ほんとに人生ってどう転ぶかわからないから、とてもとてもおもしろい(笑)

3階でしたが、前列のとても見やすい場所だったので、とても集中して楽しむことができました。

京都のレポで「東京初日の天の声はヤバイ??」みたいなニュアンスのことを言ったらしい・・・というのを読んでいて。

どうヤバイんだろう?と気にかかっていました。

この言葉ほどニュアンスがどうにでも受け取れる言葉はありません(笑)

前後の文脈により意味が真逆にもなるし、そういうことも含め、ワクワクしていました(笑)

さらに、いろいろな方が、この人じゃない?あの人じゃない?みたいに想像されるのをちらちら見ていたのですが、そもそもがそこまでお笑いに詳しい方ではないのでまったくわからず(笑)

後で思い出してみたら、結構関西の友人たちの想像が当たっていて、さすが!!と思いましたのことよ。

ちなみに、わたし的に今までで一番思い出深い小喜利は?というと、多分この回。

d.hatena.ne.jp

とてもオーソドックスな、淡々と小喜っていく回で、竹若さんが天の声さんだったのですが、参加された後にツイッターで竹若さんがおっしゃったことを今でも時々思い出します。

堂本剛独演会「小喜利の私」に天の声として参加させて頂きました。

愛に溢れたドンドン進化する素晴らしい空間です。

大喜利も小喜利も丸裸になって自分をさらけ出す気質が大切だと思います。

傷つきやすいし恥ずかしい思いもしますが、そこが核の様な気がします。

そんな剛君が見れる舞台です。

この回で、わたしは本格的に「笑い」というものに対して認識が変わり。

ああ大喜利って、そしてつよしさんが取り組んでいる小喜利も・・・奥深いものなんだなぁと実感したのでした。

KinKi Kidsは関西出身者の二人組グループだから、親和性を考えると関西の方が小喜利に合っているのかも?と思わなくもないですが。

わたしは、実は東京でこそ、もっと小喜利をやった方がいいんじゃないの?と思ったりもしていて。

「笑い」って緊張した心をほぐしたり、人と人を繋いだり、和ませたりするものだから。

そして日本中から人が集まってくる今の首都東京という場所は、他のどこの地域にも増して混沌としていて。

誰もが疲弊していて、周り中に高い壁があるように感じている人が多い気がするし。

そんな中で人は刹那的になりがちだし、電車の中やたくさん人が集まるところは、どこもとんでもなく殺伐としてて・・・

世知辛いなぁと思うことが多いです。

もちろんよく見れば、そこにもちゃんと元々そこで暮らしてきた人々、外から入ってきても、溶け込んで暮らしている方々の地に足がついた普通の人の暮らしがあるのですが。

一見するとそういうのが見え辛く、表層部分ばかりがクローズアップされて、さらに多くの普通の人がストレスを溜めていく。

そういう重苦しい空気をふわっと救えるのは意外とお笑いかもしれない・・・というのを最近とても切実に思うのです。

たとえば関西方面の友人たちが読んだら、いまさら何を言う?って感じかもですが、普通に関東に住んでいると、わりと笑う機会って少ないかも?と思うのです。

時間の流れが速く、四角四面なやりとりばかりが目についたり。

余裕がない中で、笑いの入る隙間なんてあるんだろうか?という気になってきます。

でも本当はきっと誰もがもっと余裕が欲しいし、リラックスしたいし、笑いたいのだと思うのです。

「人は正しいところよりも、楽しいところに集まる」というのを流し見していたTwitterで読んだのですが、ほんとだなぁ。

そんなことを考えると、ますます首都東京にこそ、もっともっと笑いが必要なんじゃないかと思えてきます。

おっと、前置きがどんどん長くなってる(いつものこと~笑)

さて。

今回の小喜利の話に戻って。

わたしが目覚めた?(笑)竹若さんの回と今回の小喜利はまた、全然趣が違いました。

でも今回の小喜利もまた、唯一無二のおもしろさで。

またひとつ教えられたような気になりました。

そして、とっても個人的な感想ですが、小喜利ってどこか、わたしが毎日やっているピアノのレッスンとも似ていると思いました。

後半の東京のレポだけ読んでも、天の声をされた方は毎回変わり。

どの回のレポを読んでもすごくおもしろくて、他の日と似た日がありません。

わたしのレッスンでも、毎日、いろいろな進度のいろいろな子がやってきて、相手のコンディションもその時々で違っていて。

同じ「ピアノを弾きたい」という目的で集まってくる子たちも、一人一人、得意分野も違えば、わたしとの距離感もさまざまです。

そんな状況では、その日相手に会ってみるまでは、どういう展開になるか全く予想がつかないので、ある意味準備のしようがないことも多いし。

どんな状況がきても、相手に「おもしろかった!」と思って帰ってもらうために全力を尽くすわけで。

瞬発力や粘り強さや機転や・・・いろんなものが必要となるのです。

小喜利もどこかそれと似ていて、気がつけばちょっとそんなつよしさんの姿勢を、わたしは時としてお手本にさせてもらっていることもあるのに気がつきました。

まずは一緒に仕事をする相手をよく見る(知ろうとする)こと。

これは、つよしさんのとても得意とするところなんじゃないかな。

いつも彼は相方のことも、仕事仲間のことも、とてもよく見ていて。

自分だけが素敵に見えればいいというスタンスとは無縁の人。

ライブでもドラマやバラエティーの現場でも、周りの人の「素敵」を上手に引き出しつつ、自分もぴかぴかと輝くのがとても上手です。

時として相手の土俵に出向いていって、懐に入ってみたり。

ある時はこちらに引き寄せたり。

いろんな工夫をしながら近づいていって。

相手の緊張やちょっとしたピンチには、上手に「笑い」を放り込んで和ませる。

結果、一緒にやる相手によって、まったく違うその日だけの色が出て。

つよしさんのことをもっと好きになるのと同時に、共演者の方も好きになり、その人にも興味を持ち、もっと知ってみたくなる。

その日によって、どう転がっていくかわからないところもまた、とんでもなくスリリングで楽しいのですよね。

今年の小喜利を見ていて、どの日も一度きり、一期一会なのだなぁと、とても味わい深くそう思いました。

というわけで・・・

本当は今回はこの感想でおしまいくらいでもいいかな?と思っていたのですが、周りに参加が叶わなかった友人があまりにもたくさんいて。

いつもみたいに「見てきたような気持ちになりたいから」書いてね!とリクエストをいただいたのです。

すっごくへたくそな文章なのに、そんな気持ちになってくださる方がいようとは!なんてしあわせなことでしょう。

とはいえ、レポをするのはとてもムリなので、本当にわたしの目を通った感想ですが、やっぱり書いておこうかなと思いました。

次のエントリーからちょこちょこのんびり書いて行こうと思います。

会いたい、会いたい、会えない。

やっと来ました!!KinKi Kidsの新曲情報!! 

 昨日は予定がさまざまあって、朝から出かけていて。

さらに、小喜利に参加したので、すっかり出遅れてしまいました。

大慌てで探したら、もうセット売りのところは、ほぼどこも売り切れていて。

ええっ!どうしよう・・・

ということで、とりあえずamazonさんを貼っておきます。

 

 

 

 

  

もしくはいつもお世話になってて、熱いファンが店員さんにいらっしゃるタワレコさんで店舗予約かなぁ。

 

わたしのように、出遅れてる方もいるかも?と思ったので、貼っておきます。

ちなみにジャニーズエンターテイメントの公式サイトはこちら。

www.jehp.jp

作家さんなど、詳細情報が入っているのはこちら。

natalie.mu

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天川村とグリーンゲイブルス

復活の狼煙を上げてから、たくさんの方にメッセージや拍手、Twitterの「いいね」をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にいつもありがとうございます。

さて。

10月のおしまいごろ、また天川村界隈を旅して来ました。

よく「本当に天川に何度も行きますね。どこがそんなに魅力なんですか?」と聞かれます。

そのたびに、なんでだろう?と思ってました。

ちまたでよく言われるように、かの地がスピリチュアルな聖地と思っているわけでもなく。

(実は天河神社宮司さん方も、否定こそされないけど、かの地を聖地とは思われてないように見えます。日々、山の中で、実直に太古から伝わる八百万の神さまと向き合い、祈りを捧げていらっしゃる、その姿勢はとても好ましいです。)

宗教的な側面に興味があるというほどでもなければ、山歩きは好きだけど、登山が趣味というほどでもなく。

知的好奇心に従ってというほどでもなければ、風呂好きとわざわざ言うほどでもなく(笑)

好きな人が好きって言ってるところに行ってみたい・・・と思ったのは初回だけ。

さすがに今となっては、すっかりその観点は切り離されてます(笑)

ただ、必ずウォークマンとスピーカーを持っていって、彼の声をかの地で聴くのは必須!

これはいつの間にかオットもそうなっているのがおもしろいところではありますが…

おっと話が逸れちゃった。

それでも、いろんな方に聞かれるものですから「なんで天川がいいんだろうなぁ?」はずっと考えていて。

不意に先日「100分de名著」の赤毛のアンの回を見て「これだ!」と気がつきました。

(ちなみに何度か語っていますが、わたしにとってモンゴメリ赤毛のアンシリーズはバイブルのようなもので、好きな箇所は何か所もほぼ暗唱しているくらい読み込んでいます。)

そうでした!!まさしくそれ。

わたしにとっての「天川村」は「赤毛のアン」のアンにとってのグリーンゲイブルスなのでした。

本当の故郷ではないけれども、故郷に帰って来たような気持ちになれるし、美しい自然の中に分け入ると、子供の頃のままの素のわたしが出てきます。

山が身近にある場所で幼児期から中学まで育ったのもあるかもしれないけど。

どこへ行ってもそろそろ責任を持って動かなきゃなお年頃になってきて。

とはいえ、さしたる不満もなく、吐き出す必要もさして感じているわけではないけれど。心の奥底に溜まっているものもあるのかも?な昨今。

素直に自分を取り戻せる場所ってこの年になると貴重な気がして。

そんな場所ができた幸せを思います。

山も川も木も、目に映るすべてが愛おしくて、どこか懐かしくて。

会う人会う人、みんなとても素朴でまっすぐで親切で。

子どもの頃のまんまのわたしに戻って「きれいだなぁ」「素敵だなぁ」「おいしいなぁ」と、ひたすらに興奮したり、喜んだり、出逢った方々に心からの「ありがとう!」だけをまんまの気持ちで言える場所。

この年になると、もう自分のことだけ考えてるわけにもいかず。いろいろと心悩むシーンも増えてきましたが。

ここでは荷物を一旦降ろして、心が動くままに開放していいところ・・・という感じかな。

そのせいか、いつも子どもみたいに8時くらいから眠くなって、10時までだってムリ。起きていられないくらいだし(笑)

朝は朝でのんびり寝ているのがもったいなくて、早く早朝の山の空気の中に分け入りたくて、5時前には目が覚めます(笑)

そんなところも、寄宿舎(クイーン時代)や、結婚前、社会人として下宿(高校の校長先生の時代)からグリーンゲイブルスに帰省してきたアンとそっくり!

ふと、いろいろと「かの本」との共通点を思い出してふふふと笑ってしまいました。

 

いつも行く宿のおばちゃんは、ちょっとだけ人見知り。

元々、そんなに口数が多い人ではない方ですが、宿に着いたら、向こうからこちらへ歩み寄りつつ「わたしたちだ!」と気づいた瞬間、はっきりわかるほど表情が変わって。

その顔にゆっくりと笑みを広げていって「まあ!久しぶりやね。」「ようきたね!」と言葉少なに、でも愛情深く迎えてくださいます。

そうだ!彼女はどこか「マリラ」に似ているのでした。

無駄に笑顔を安売りしたりしないし、営業トークもしない誠実さがあって。

思わないことはきっと言わないであろう方だから心からの「ようきたね」がとても沁みます。

お部屋に通されると、もうちょっと前から、ちゃんと炬燵が温められていて、早々に足を突っ込んで、ゆっくりとお茶を入れてくださる時間の至福。

そんなおばちゃんがたまに笑うと、まるで花が咲いたように周りがふわっと明るくなって、心にも灯りが点ったような気持ちになります。

いつかおばちゃんのように、人をほっとさせる人になりたいな。

かの地に行くと、想像の余地がたくさんあって。

不意にふわっとインスピレーションが湧いたり、仕事のアイディアが浮かんだり。

あるいは日常の中で、頭の中にいっぱい溜まった心の澱みたいなものが、気がつけば消えていたりもして。

帰りはいつだって心がとても軽くなっていることに気がつきます。

神さまに手を合わせる時間は、自分の心との対話という気がするし。

山の懐に抱かれているととてもとても安心で。

生命の源にとても近いところにいると、自分もその一部、パーツの一つになったような気持ちになります。

鳥の声、雨音、水の流れる音。

そのすべてが快くてどこか心がふるえる音楽のようで。

ああ、好きだなぁと心から思うのです。

オットもまたかの地を大好きですが、わたしの好きとオットの好きはまた少し違っていて。

オットの方は古事記役行者、仏教や神道神仏習合やお経や祝詞の中身など、知的好奇心を刺激されているみたいで、日ごろからたくさん過去の文献を読んだり勉強したりして、その知識を持ってかの地に行って、いろいろと見識を深めたいらしいです。

なので、話題もまた、古事記にこんなことが書いてあっただの。

あのお経は、だれだれのご真言は、役行者は・・・などと、いろいろ好きにつぶやいていて。

わたしは横で紅葉の葉を見て「きれい~@@@@」なんてひとりごちたりもしていて。

同じものを見ても全然違うことを考えていたり、感じていたりもするのですが(笑)

それもまた楽し!!(雑なまとめ方、笑)

先日も、早速「次に行くとしたら雪の頃にバスで行くのもいいね・・・」の話もしたところです(笑)

旅の話ももうちょっと詳しくしたいところですが、とりあえず今日のところは、Twitterにあげた旅の画像を一枚だけ挙げておきます。

山の上の方へ行くほどに、少しずつ紅葉が始まっていて、とても綺麗でした。

 

念願叶って!!

今日の日記の主役たちは、小学2年生になったりーちゃんと、妹のまーちゃん、もうすぐ4歳・・・です。

以前こんな日記を書きました。一応貼りますが長いうえに、関係ない日記とくっつけちゃってるので、下に抜粋で、肝の部分を載せます。

fermata.hatenadiary.jp

 

4歳児、りーちゃんのレッスン終わりに、お迎えにいらしたおかあさんと妹のまーちゃん。

りーちゃんが「せんせーにぷれぜんともらったよ~っ!!」と駆け出しておかあさんに見せに行ったのと入れ違いに、なぜかうちの玄関のステップをえっちらおっちら上がってきた1歳児のまーちゃん。

彼女とは毎回、お迎えの時に顔を合わせてはおりますが、まだまだ赤ちゃんなので、いつもは抱っこされていることが多いです。

そんな子が・・・とことこと歩いて、もっともらしい顔でわたしの横にきて、手を引っ張って、急いで玄関から入ろうとするではありませんか!!

そして、おかあさんに「ばいば~い!!」と手を振り、「いこっ!」とわたしの顔を見上げて靴を脱ごうとするしぐさ。

ええ?ええ?と顔を見合わせるおかあさんとわたし。

どうやら、おねえちゃんのあと、次は自分のレッスンの番だと思ったみたい(笑)

ピアノ部屋に入る気満々です。

きゃーーーっ!!かわゆい。なんてかわいいんだ!

「あんたはまだ。せめて4歳になるまで待って!」とおかあさん。

ますますわたしにぴとっとくっついて、おかあさんに抱き取られまいとするまーちゃん。

爆笑するおかあさん。

必死なまーちゃん。

結局わたしが抱っこして、レッスン室をぐるっと見せてあげて、戻ってきて靴を履いてもらいました。

こういう時、わりと年の近いおねえちゃんは「まーちゃんは教室に入っちゃダメ!」とか「わたしのせんせーなんだから!」とか怒ったりしがちで、そんなもんだろうとも思っているのですが、ふと視線をやると、まだ4歳のりーちゃんは、そのやりとりをにこにこと見守ってて、わぁやさしくって、すっごくいいおねえちゃんだなあと思いました。

折りしも4歳のりーちゃんは生意気盛りで、なんでも自分でやりたいし、言われたとおりにやらないし。

時々あまりに生意気で「せんせーはだまってて!」「せんせーは弾いちゃダメ!」なんて言い出して「はぁ?なんやとごら~っ!」なときもありますが(笑)

こういう一面を見るとまたかわいさが増すってものです。

姉妹っていいものだなぁ。

 ちなみに、この日記を書いたのは、2016年になったばかりの時。

あれから2年と10か月が経っています。

ついでに検索してみたら、りーちゃんがうちに初めて来たのが、2015年の7月。

4歳児だったりーちゃんが5歳になる直前。

ピアノを習い始めて約半年経った辺りの出来事でした。

ちなみに妹のまーちゃんは、この出来事のあとすぐに2歳になりました。

 

さて。月日が経ち。

昨年の夏休みにお引越しすることになったりーちゃんとのレッスンは、ただいま、出張レッスンとしてふた駅先のおうちに通いで継続中です。

幼稚園時代の一時期、ジェットコースターのようにご機嫌が上下して、扱いづらくてどうしよう?と思ったことが何度もありましたが・・・

最近になってお母さまに昔話として伺ったところによれば、幼い頃のりーちゃんは、そんなイメージとはほとんど無縁の子だったんですって。

びっくりです。

大声を出したり、ワンワン泣いたり、わがままを言ったりというのを親の前でもほとんど見せない子どもだったそうで。

おりこうさん過ぎて心配だ!と幼稚園でも言われていたし、家でもストレスがたまるんじゃないかしら?と心配されるほどだったのだそうなのです。

当時、そんなこととは露知らず(笑)

わたしは「まあ時期とは言え、大変なことよ!!」と疲弊していたわけですが(笑)

どうもうちのレッスン室には、密室のせいか、子どもの「素」を引き出す何かがあるらしく・・・

時々こういうことが起こります。

そういえば、一度彼女がギャーギャー言っているところをたまたま見たおかあさまが、かなりびっくりされたことがありました。

そんな姿を平気で見せるのは、わたしの前だけ、密室のピアノ部屋だけだったよう。

その時は大変だけど一旦「素」を存分に見せてしまうと、急激にわたしとの距離が縮まることが多いので、今ではそういう謎の現象は、歓迎すべき出来事として受け止めてます(笑)

そうと知ってれば、もっと自由にやりたい放題させてあげてもよかったな!!と思うのは、きっともう過ぎてしまったからですけれども(笑)

当時はお願い!早く嵐が過ぎて~と思ってました(笑)

でも、そんな時期は今思えばほんのわずか、短い時間で。

過ぎちゃえば「ヤダーっ!!」とひっくり返ることもないし(あたりまえか、笑)

連弾しようと横から音を出しても「先生は一緒に弾かないで!!」「りーちゃんがひとりでやる!」と大声を出したりもしません(笑)

むしろ「アンコール!!」「もっかいやろう、先生!」とやる気満々。

リラックスして毎回とても音楽を楽しんでいるし。

とても勘所がいい生徒なので、わたしも教えていてとても楽だし、進度も早く、音楽的刺激をもらえて、わたしもまたとても楽しいです。

出張に行くと、いつでもさりげなく待ち構えていて。

スリッパを出してくれたり、レッスンの後で、わたしと一緒に雑談をしながらお茶を飲むことをとても楽しみにしてくれていて。

友達との内緒話を教えてくれたり、宝物を見せてくれたり。

そうしながらも、お茶のおかわりをいれてくれようと気を配ったり、飲み終わるとお盆に乗せて、キッチンへ運んでくれたり。

ほんとうにかいがいしく動いてお世話してくれて、かわいくてなりません。

ただし、実はかなり負けず嫌いで、こっそり受けた伴奏のオーディションでお友達に負けた時、こっそり号泣してたそうで。

来年からは「こっそり」じゃなくて、先生に相談してよ。一緒に練習しようねと言ったら、かなり本気な顔で強く頷いてました。

しかしそんなおりこうさんのりーちゃんも、この「お茶の時間」だけは「先生とわたしの大事な時間」ということで、妹のまーちゃんは絶対に入れなかったのが・・・

このところ、ちょっとした変化が訪れました。

というのも、もうすぐ4歳になるまーちゃんが、とうとう来年からピアノを習うことになったのです。

ぱちぱちぱちぱち~っ!!

まっさきにまーちゃんが駆けてきて、おかあさんがおっしゃる前に「せんせー、おかあさんが4歳になったら習ってもいいよ!だって。」と大喜びで言ってきました。

よかったね~

 上に書いた日記を見ていただくとわかる通り、まーちゃんは、1歳の頃からピアノが習いたくてたまらなくて。

いつも隙あればおねえちゃんがレッスンをしているところに乱入しようとするのですが、そこだけは険悪ムードになっても頑としておねえちゃんが「まーはダメ!」「イヤだ!」と言い。

おかあさまも、そこはおねえちゃんの意思を尊重してあげていました。

でも、来年1月からは晴れてわたしの生徒になるということで。

どうやら一緒にお茶のピクニックタイム(りーちゃんはわたしとのお茶の時間をそう言います!)へ、一足先にまーちゃんも参加が許されたようなのでした。

というわけで、先月から15分くらいですけど、楽しいガールズトーク・・・という運びになってます。

今までりーちゃんだけの時は、あえてちょっと背伸びがちな、お洒落や好きな香りとか、お友達との人間関係の話なんかを好んでしてたのが・・・

まーちゃんが入って、好きなアンパンマンのキャラは?とか。

おやつトークや、ふたりがひとつずつ持っている宝箱の中を見せてくれたりとか。

ちょっとまたひと味違う展開になっておもしろいです。

先日まーちゃんが、幼稚園のお友達とおかあさまと見て来た映画の話を先生に聞いて欲しいというので・・・

なになに?なに見たの?と聞いたら、めっちゃ噛み噛みに「はぐっとぷりきゅあ」と言い。

その言い方があまりにもかわいかったので、3回も「えっ!?何見たんだっけ?」と言わせてごめんなさい(笑)

ただ「はぐっとぷりきゅあ」と言わせたいだけの人になっちゃった(笑)

HUGっとプリキュア」って言うのですって。タイトルすらかわいい@@@@

ちなみに2年生のりーちゃんは、プリキュアは子供っぽいから卒業なんですって!

そうなんだ!!

そんなりーちゃんは、なんの映画なら見に行くの?と聞いたら、ドラえもんだって。

むふふ。まだまだかわいい2年生。(そのふたつの差があまりわからない先生、笑)

まーちゃんは「あたし、もうすぐピアノを習えるの!」を1回のトークに5回くらい挟むのもまたかわいいし。

「ピアノっておりこうにしないとダメなんだよ!」なんておねえちゃん風を吹かせるりーちゃんもまた超かわゆい。

多分自分がかつて大あばれしたり、泣いたまま来て、おかあさまからわたしへ、抱っこで渡されたことなんかも、もう忘れちゃってるんだろうな(笑)

これだけの日を跨いで来たのだから」です。ああ、感慨深い。

というわけで、来年始まったら始まったで、いろいろあることと思います。

勝手知ったる「二女」だしね(笑)

また楽しみが一つ増えました。

原点回帰

何度上げるのか?と言われそうですが、何度でも上げます(笑)

復活の狼煙~しゅるるるる~っ!!

2か月ほど入院していた母が、先週、無事に退院しました。

退院したら日記を復活させようと思っていたので、今週からまたREスタートです。

症状がなかなか落ち着かず、どうしたもんだろう?と迷って日記に書いた時、本当にたくさんの方にアドバイスをいただきとてもありがたかったです。

その節はお世話になりました。

何人かの方が「セカンドオピニオンを聞いてみたら?」と勧めてくださり、紹介状をもらってちゃんと精神科のある大きな病院で診ていただきました。

行った先の先生は、一番最初、こんなに?というくらい、じっくりと時間をかけて問診してくださって、その時点で父も母も「信頼できる」と思ったそうで。

考えてみれば、それはとても大事なことでした。

入院中は、起きる時間や寝る時間がきっちりと決められていて。

朝起きてから、昼間の時間は入院中でもちゃんと洋服に着替えることになっていて。

また時間が来たらちゃんとパジャマに着替え、一定の時間になっても眠れなければ、導入剤を適宜処方してもらったりしつつ。

当たり前のようだけど、生活のリズムを整えることの大切さや、自己判断で薬を増やしたりやめたりしないで、ちゃんと日々、様子を見ながら投薬の管理をしてもらいつつ、最適な方法を母や家族と一緒に模索してくださって、とてもありがたかったです。

さらに、退院前にもいろいろとご配慮いただき。

今日はお散歩。

今日はお散歩して外で昼食を食べてくる。

今日は家に日帰りで帰ってみる。

今日は一泊家に泊まってみる・・・

と、ひとつずつ段階を踏みながらリハビリをさせてくださって。

それらのミッションをコンプリートしてから、初めて退院という運びになったのもありがたかったです。

やっぱりいろいろな意味で、専門医にかかることって大事なんだなぁと思いました。

多分ウツになった原因は、引っ越したばかりの土地でいきなり合わない入れ歯を作ったことだろうと母をはじめ、みんながそう思っていて。

ウツの症状がひどかった時は、入れ歯が問題なのがわかっているのに、どうしても歯医者の予約をする気になれなかったのが、退院したその日にもう歯医者の予約を入れたのだそうで。

ああ、元気になったのだなぁと実感しました。

まだまだ気は抜けませんが、とりあえず心の健康状態が上向いて来たので、ひとつずつ、段階を踏んでゆっくり元気になってくれるといいなぁと思っています。

母の入院中、父は晴れの日も雨の日も、台風の日ですらも、毎日2キロの道を歩いて病院に通っていて。

しかも必ずA4一枚にまとめた、留守番日誌を母のためだけに作り、手渡していたのには心底びっくりしました。

パソコンで文字を打ち、新聞の天声人語を糊できれいに貼り、父ご自慢の母の写真や風景、お庭の花、家族の写真など、今日の一枚を貼り。

まあよく毎日これを続けたなぁという感じ。

何日分か見せてもらったのですが、すごい力作だったのでありました!!

毎日作って退院までに60枚。

愛だな!!!

そして、メンタルが弱っていたこともあって、いつもなら過度に束縛されるとイヤで、ちょっとウザそうにする母も、毎日父が来るのを待ち焦がれていて。

母が大好きな父にとっては、この入院期間中はものすご~く大変でもあったけど、一方で、少しは恋愛中のような心浮き立つ気持ちもあったかも?な~んて娘はこっそりと思ってます(笑)

それにしても、退院してくれてめでたいです。

わたしが通ったのは、週1くらいだし、かなりタフな方なので、ぜ~んぜん平気!と思ってましたが、往復だけで4時間弱。

ただ電車に乗っているだけでも意外と疲れるものなのだと実感しました。

今後何かあった時に、心はやる気満々でも、身体がついていかなくてムリなんてことにならないように、もっともっと身体を鍛えなくては!

さて。

一昨日、実は結婚記念日でした。気がつけば31回目の結婚記念日です。

なんと時間が経つのが早いこと。びっくりします。

子どもたちもそれぞれ出ていたし、オットと2人で夕方からちょっといい目のワインバーへ行きました。

先日旅行から帰ってきたばかりなので、旅のエピソードを思い出してげらげら笑ったり、最近読んだ共通の本の話や、天河神社神仏習合の話。

最近、急速にオットがはまり、追い付いてきたFUNKやFUNKアーチストたちの話。

いつか本格的なFUNKのライブにも行きたいね~つよしさんのライブにも一緒に行きたいけど、チケットがねぇ~なんて話も(笑)

ありがたいことに、共通の話題もそこそこあって。

だからと言って、それぞれに違う趣味に没頭する時間もあるから、そんなにべったりでもなくて。

 30年が過ぎましたけど、今くらいがちょうどいい距離感かもしれないなぁと思ってます。

そんなこんな、しばらくあいてしまいましたが、わたしは元気です。

ふぇるまーたに時々寄ってくださるみなさまとは、日記を書いていない間もしばしば連絡を取り合ったり、Twitterで話したりもしていて。

日記で出会った方々とのつながりは、わたしにとってとても大切な財産だなぁとつくづくしみじみ思っています。

何より、いろいろな種類の考え方や属性の方々が雑多にゆる~く見てくださっていて。

その「さまざま」というのが、最近とても心地よく感じています。

トップにも掲げていますが、わたしにとっては「かたよらず こだわらず とらわれず。」がとても大事です。

元々は薬師寺の方が、般若心経をわかりやすく解説してくださっているご本の中で見つけた一文なのですが、今の時代こそ、実はこれがとても大事なんじゃないかと思っています。

世の中にはいろんな考え方の人がいて、それぞれに大事にするものや人があって、守りたい世界があって。

わたしにとってのそれと、となりにいる人のそれは違うかもしれないけれど。

違ってあたりまえだし、合わそうとすることもない。

そこに相手の立場にも立てる「想像力」と「尊重」さえあれば、それでいいんじゃないかなと思うのです。

無理やり合わそうなんて思ったら、きっと世界平和なんて永遠にムリ。

でも、いつかは世界が平和になって、世界中の一人一人がちゃんと尊重される世の中になるといいなぁ。

そんなことを考えながらよく選ぶBGMはこれ。


Louis Armstrong - What a wonderful world ( 1967 )

おっと話が逸れちゃった。

もういい加減大人なので、どうやったらお互い尊重し合いながら、気持ちよく暮らせるか?というのが、残りの人生を考えるうえで、大きなテーマになってきました。

そう考えると、わたしにとって一番の敵は「思い込み」で。

わたし自身ちょっと前に人間関係で「かもしれない」が「きっとそう」になり「絶対にそうとしか思えない」にシフトして、一人殻に閉じこもっていた時期があって。
今思えばほんとバカみたい。

なぜか、真実とはとんでもなくかけ離れたところで、一人相撲をしていたことがわかり。

回り中から「はぁ?なんでそんなこと思い込んだかな??」と当惑されたわけですが(笑)

今思えばあの経験はとても大事だったかもしれないと思っています。

想像することはとても大事なことでもあるけれど、赤毛のアンで言うところの「お化けの森」を作り出さないように気をつけないとね。

(アンは「うっそうとしたその森に怖いお化けがいるに違いない」と、どんどん自分で想像をふくらませていくうちに、その道が怖くて通れなくなって。

ある日、自分でかかっちゃった魔法を解くべく、マリラに無理やりその道を通るように促され、心底怖い目に遭うのです、笑)

というわけで、原点回帰という日記をあげておこうと思います。

今年は年末年始のコンサートがないので、少しのんびりモードです。

彼らが何かやってくれないと、わたしはからっぽになっちゃう。全然つまらない・・・

というのも依存っぽいし、なんだか違う気がします。

江國香織さんの小説に出て来る女性のように「愛する人(たち)にたとえ逢えない日が続いていても、一人でご機嫌にいくらでも遊べる」人でいて。

満を持して目の前に現れた時にはじめて「ああ、そうだった!!わたしにはこの世界があった!!」と大喜びで迎えられるような、そんなファンでいたいです。

わたしはわたしで、忙しかった間ちっとも進まなかったやりたいことが溜まっているし、目の前の仕事や、好きなこともちゃんとしつつ、せっかくだから親孝行もちょっとだけして(笑)いつもと違う年末年始を楽しみたいと思います。

そういや、新曲ってどうなったんだろう?

リリースがあるなら、そろそろ情報が出るかな?

慌てず騒がず、のんびり待ちつつ。

また少しずつ、日々のことや、ちょいちょい反芻日記なども挟んでいけたらと思います。

堂本剛 東大寺LIVE2018 9月15日 その3

一昨日の夜、オットと晩酌してて。

かなり酔っぱらっていたオットが何やら本音っぽいことを言い出しました。

こういう時って、ものすご~く苦言になりそうで、怖っ!!と身構えたら・・・

全然違ってて。

本当はもっとどこまでも好きなライブとか、追いかけて行きたいだろうに、かなり我慢してるんでしょ?家族のために申し訳ない・・・

みたいなことを言うので心底びっくりしました。

そんな風に思ってたのか!!いやいやいや。

実はむしろ自分的には今年は日程がたまたま仕事を動かしやすいところに集中してて。もちろん全部には程遠いけど、行きすぎなくらい行けたし。大満足。

むしろ行きすぎなので、申し訳ないと思ってたくらいで。

現状くらいが、わたしの身の丈に合った、ちょうどいいころ加減。理解がある家族で、本当にありがたいと思ってるよ~みたいな、ちょっとマジな話になって。

まあ、そんな話だからもちろん酔ってないとできないのだけれど(笑)

仰天したのはその続き。

今回、東大寺のライブのことをやけに聞いてくるなぁ。そんなに気を遣ってわたしの話を聞こうとしなくてもいいのに・・・なんて思ってたら。

「よし!決めた!来年があったら、オレも平安神宮のライブに行く!!」

という宣言が!!(笑)

ええーーーーっ!?

これには心底びっくりでしたよ。

どうやら本気で奉納ライブというものに心惹かれていた様子だったのでありました!!

さらに、その足で階下のギターを片手に、酔っぱらいは本気の弾き語りを始め(笑)

ああ、本当につよしさんライブの話が琴線に触れたのだなぁとわかりました(笑)

考えてみれば、SONGSも楽しみにしてくれてるようだし、わたしが見たり聴いたりしているものは、ほとんど一緒に見聞きしてるし。

実は彼がソロでやっている音楽は、オットくらいの年代の人たちがばっちりはまる系だと思ってたのも確かで。

いつかチケットが巡ってきたら、奉納ライブだけじゃなく、普通のライブにも、一緒に行けたらいいなぁなんて、夢がまた一つ増えました。

さて。

続きです。これがラスト。

どこからか鐘の音がしてきたところまででした。

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