ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

 静かに余韻に浸る

蒲公英草紙―常野物語

蒲公英草紙―常野物語

 この本は前に読んだ「光の帝国」と同じく「常野」の物語です。前作についてのレビューでは下記のように書かれています。

穏やかで知的で、権力への志向を持たずに生きる常野の一族。人を見通し、癒し、守る、その不思議な能力は何のために存在するのか。優しさと哀しみに満ちた壮大なファンタジー。

 常野の人たちのもうひとつの物語が、この「蒲公英草紙」です。この本でも、膨大な書物を暗記したり、近い将来を見通したりする俗に言えば「常野」の人たちが鍵を握りますが、この人たちが主役というわけではありません。
 このお話は主人公の回想している過去の物語で、なつかしいような、せつないような、郷愁たっぷりの静かな物語です。時代は20世紀になりたての頃で、主人公は「常野」ではありませんが、不思議な力を持った彼らと、深くかかわりながらお話が進行していきます。
 筋についてはまだ発行後浅いのであまり深く触れるのは避けますが、当時の日常のかけらをひとつづつ集めてゆくように物語が進行していきます。物語のクライマックスでは、想像もつかない展開になるのですが、ほとんどの場面では細やかで穏やかな感じです。紅茶でも飲みながら、休憩の友として読むのにぴったりでした。
 そもそも恩田陸さんの「常野」の人たちの捉え方がとても好きです。一般にいわゆる超能力と呼ばれる力を持つ人たちでありながら、他の物語の中でお馴染みの超能力者とは大きく違って、ちっとも派手さがありません。地味に淡々と暮らしていて、普通の人々の中に溶け込んでいます。一見卓越した能力がある人たちには見えないし、ヒーローっぽい大活躍をするわけでもありません。彼らの中に「自分たちは他の人たちとは違うぞ」という優越感があるわけでもなく、「しなければならないこと」、一族が代々背負っている使命であり、宿命であるもことを、黙々と実行している人たちという感じがします。恩田さんの書く常野一族には人間の体温が感じられ、人肌のぬくもりを感じつつも、ちょっと哀しいです。
 大きな感動と共に「バーン」と弾ける物語ではありませんが、雨音を聞きながらちょっと現実のごたごたから離れるにはぴったりの温かくてせつない物語だと思います。わたしが「常野」の子として生まれたかったとは思いませんが(笑)「常野」の友達がいる少女だったらよかったのになあなんて思ったりしています。