ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

きみはポラリス

きみはポラリス (新潮文庫)

きみはポラリス (新潮文庫)

久々に読んだ三浦しをんさんの作品で、これは短編集です。

商品の説明のところには、こんな風に書いてあります。

内容(「BOOK」データベースより)
どうして恋に落ちたとき、人はそれを恋だと分かるのだろう。三角関係、同性愛、片想い、禁断の愛…言葉でいくら定義しても、この地球上にどれひとつとして同じ関係性はない。けれど、人は生まれながらにして、恋を恋だと知っている―。誰かをとても大切に思うとき放たれる、ただひとつの特別な光。カタチに囚われずその光を見出し、感情の宇宙を限りなく広げる、最強の恋愛小説集。

そして帯には「すべての恋愛は、普通じゃない 最強の恋愛小説集」と書いてありました。

しをんさんの物語にしては、結構時間をかけて読んだ方です。
彼女の著作は一気読みになるのが常なので。

いえいえ。この本がおもしろくなかったわけではないのです。
これは短編なので切れ目があって、そのたびちゃんと完結するということもあって、半月くらい、他の本とかCDに浮気しつつ、とろとろちょこちょこ読んでました。

前半から中盤にかけては、エキセントリックな世界観のものが多くて、ちょっと戸惑ったり、絶句したりしたものもありました。
「これも愛、あれも愛、多分愛、きっと愛〜♪」とバニーガールの松坂慶子さんが脳内でダンスを始めるくらいびっくりしたものも(笑)

たとえば、先生に恋していた女性が、火葬場で亡くなった先生の骨の欠片を持ってきてしまって日々眺めたり考えたり、骨をしゃぶってみたり噛んでみたりする「骨片」とか。

やむにやまれず、とんでもなく悪いヤツを「殺してしまった」という秘密を共有している男女が、時を経てなお、秘密の共有を通してお互いを思いあう気持ちを描いている「私たちがしたこと」とか。

でも、読み進めるにつれ、ひとつひとつの物語の主人公の「恋」の純度の高さが浮かび上がってきます。

「春太の毎日」は主人公にして語り手の春太が飼い犬だということが明かされることなくスタートする、ちょっとした仕掛けがある、ワンコ目線のかわいい物語だし。

最初と最後の物語が唯一続きものになっていて、同性の男子を密かに思っている同級生の話なので、なんとなく統一感を醸しだしてます。

想い人が同性であるということは、相手に彼女ができても、たとえ結婚したとしても子どもができても、自分さえ気持ちを明かさなければ、ずっとそばにいられるということ。
果てしなく続いていくであろう主人公の恋は、想像してみるだけですでにくらくらしますが(笑)一話目も、最終話も、恋の日々の日常の、ほんのひとこまが切り取られた物語。彼の思いもまた純度が高いです。

どのお話も主人公の「秘密」が重要なキーポイントで、秘密であるがゆえに、その純度はますます高まっていきます。

わたしがとりわけ好きだったお話は3つあって、ひとつは「ロハス」がテーマの「優雅な生活」。

漠然としたブーム感から「ロハス」に取りつかれてしまった同居の彼女を、最初のらりくらりとかわしていたロハスとは正反対の立ち位置にいた彼氏が、ある日突然彼女の涙の訴えにより「本気を見せてやる!」と徹底したロハスを体現し始める話。
いやいやいや、それはやりすごでしょ!そこまでもとめてないでしょ?極端でへんてこなのですが、自分たちのやってることのヘンさに彼女がとことん辟易し、気づくところまで、とことん本気で付き合っちゃう彼氏の誠実とユーモア。
一緒にヨガをはじめ、石鹸を手作りしようとして苛性ソーダを浴びて伸びてしまったりするものの、かんぷ摩擦に七輪と豆炭生活。
最初自分への抗議?あてつけ?と思い意地になりかけていた彼女ですが、嬉々として楽しげに不便な生活を続ける彼氏に喜んだり怖がったりするさまもおもしろいです。
そんな彼氏のなんやかんやは、どこかとんちんかんで、でも愛にあふれていて、最後そのことに徹底的に気づかされて、一緒に笑うところまでの、意外と長い道のりを一緒に歩んでゆくふたりはやっぱりお互いたったひとつの恋の相手!と思わされる(笑)



「森を歩く」という物語は、やっぱり同居の彼氏のことで悩みを抱える女の子の話。
愛されてることは十分自覚しているものの、放浪癖があって、細かいことはいろいろとナゾで、すぐにいなくなっちゃう彼氏の行き先を、ある日、とことん追いかけてみようとする彼女の物語。
電車に乗って、どんどん田舎へ、そして山に一人で分け入っていく彼氏。
思いつきで追いかけ始めてしまったから、ワンピースにサンダルといういでたちで、どうみても、どんどん場違いになりながらも、もはや追いかけることをやめられない彼女。

「もしや彼は死のうとしてるの?」いや〜な予感が広がる彼女。

こういうお話の顛末って、大好きな人のイヤな秘密に触れてしまいそうだし、結局手痛い目に合いそうなのですが、ぜ〜んぜんそんな話じゃないの。
暖かい心がいっぱいに広がる、後味がとってもいいお話なのです。
彼氏の職業は実は「プラントハンター」だったというのがオチで、そういえば…となぞも解けるわけですが…

どこかいつも「暖簾に腕押し」な彼氏ですが、どうみても場違いな格好の彼女が、山中で突然自分の前に現れてもさして驚きもせず(笑)
彼女のよれよれの姿に「すごい格好だ」って吹き出して、だけどそのまんまの彼女を、とっても自然に受け入れ、包み込んでくれるのです。

「せっかく来たんだから一緒に帰ろう!」って手をつないで家路を辿るふたり。

そして最後のほうのこの言葉。

俺はどっちだっていいんだ。うはねがいて、俺がいて、地球に植物があれば、それでもう完璧なんだから

ああ素敵な恋だなぁ。


そしてそして、一番好きなお話は「冬の一等星」
子どもの頃に、車の後部座席が隠れ家のようになっていた主人公が、いつものように後部座席にいたら、車が盗まれてしまい、気がついたときにはもう高速に乗っていて、若い男性と後部座席にいた女の子が偶然夜のドライブをともにすることになるお話です。
「必ず家に帰してあげる」「信じる?」と静かに聞く初対面の男。
真夜中の、ふたりにとってはとても意味がある会話。まるごと受け入れてもらった気がする少女。

文蔵はたぶん、とてもくらい場所へ行こうとしていた。でも、突然まぎれこんだ私を、そこへつれていこうとは決してしなかった。傷つくことがないように細心の注意を払って、私を暗がりから遠ざけた。

信じる?と文蔵は聞いた。何度聞かれても、私は信じると答えるだろう。それを教えてくれたのは文蔵だ。

8歳の頃のたった一夜の不可思議な誘拐事件以来、ずっと心の中にほの白い一等星を掲げ、守られているように感じている彼女。
後味のとてもいい、清々しい物語でした…どうみても傍目にはそんな話じゃないのですが。

そして読み進めるにつれ、何度も心の中に浮かぶ「きみはポラリス」という言葉。

誰かにとってのポラリス
わたしにとってのポラリス

あなたが思い浮かべた人は誰ですか?
わたしが思い浮かべた顔は…ひとつじゃなかった(笑)とっても近い人から、うんと遠い人、近くて遠い人までいろいろ。むふふ。

さて。
「冬の一等星」は次のように締めくくられています。

八歳の冬の日からずっと、強く輝くものが私の胸のうちに宿っている。夜道を照らす、ほの白い一等星のように。それは冷たいほど遠くから、不思議な引力をまとって、いつまでも私を守っている。

と、ここまで書いてから、中村うさぎさんによるあとがきを読んだら、なんと彼女も同じ文章を引用して解説されているではありませんか!!

なんだかパクったみたいになっちゃったので、別のところを引用しなおそうかとも思ったのですが(笑)やっぱりこれらの物語の核はここだろう、ここしかないと思ったので、まんま載せておきます。

初出一覧を見ていたら、これらの短編は2005年くらいから2007年くらいに書かれた作品たちでした。

なるほど、最近のしをんさんの作品とは少し趣を異にするものが多いのは、年代が少し古いからかもしれません。

でも言葉の巧みさとか、発想のおもしろさとか、やっぱりしをんさんの原型だなぁと思います。

そしてわたしはやっぱり歌ってしまいます。
「あれも愛、これも愛、多分愛、きっと愛〜♪」

なかなかにスパイシーな物語でした。