ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

 ピエタ

おととい寝る間際に引き戸を思いっきり引いたら、引いた先に私自身の指を挟んだままでした。
当然ながら目から火が出て、指はじーーーん。いなかっぺ大将のだいざえもんもびっくりなまーるい涙を流し・・・はしなかったですが(なんて古いネタ、笑)三日目となった今でも関節とその周りが赤黒く腫れてしまい、病院へ行ってきました。
幸いにもたいしたことはなかったですが、しばらくは腫れと痛みが続くでしょうとのことでした。
そんなしょーもないこともありつつ(笑)きのうもちょこちょこ時間を作ってピエタを読んでいたのですが、最後は加速度がついて一気に読んでしまいました。
この本も最高に面白かったです。

ピエタ

ピエタ

商品の説明のところには

ほんとうに、ほんとうに、
わたしたちは、幸せな捨て子だった。

18世紀、爛熟の時を迎えた水の都ヴェネツィア
『四季』の作曲家ヴィヴァルディは、孤児を養育するピエタ慈善院で
音楽的な才能に秀でた女性だけで構成される〈合奏・合唱の娘たち〉を指導していた。
ある日、教え子のエミーリアのもとに、恩師の訃報が届く。
一枚の楽譜の謎に導かれ、物語の扉が開かれる――

聖と俗、生と死、男と女、真実と虚構、絶望と希望、名声と孤独……
あらゆる対比がたくみに溶け合った、これぞまさに“調和の霊感”!
今最も注目すべき書き手が、史実を基に豊かに紡ぎだした傑作長編。
(「BOOK」データベースより)
18世紀、爛熟の時を迎えた水の都ヴェネツィア。『四季』の作曲家ヴィヴァルディは、孤児たちを養育するピエタ慈善院で“合奏・合唱の娘たち”を指導していた。ある日、教え子のエミーリアのもとに、恩師の訃報が届く。一枚の楽譜の謎に導かれ、物語の扉が開かれる―聖と俗、生と死、男と女、真実と虚構、絶望と希望、名声と孤独…あらゆる対比がたくみに溶け合った、“調和の霊感”。今最も注目すべき書き手が、史実を基に豊かに紡ぎだした傑作長編。

と書いてあります。
一瞬ひとつ前に読んだ「楽園のカンヴァス」がわたし的に、今年読んだ本の中ではトップの座に鎮座していたのですが、短い天下でした(笑)読み終わった「ピエタ」の方に断然軍配をあげたい気持ちになっています。
多分好みの問題もあると思いますが、たとえばモンゴメリ女史の「アンの友達」とか「アンをめぐる人々」のような中年女子の群像劇が好きな方は絶対に好きだと思います。
様々な境遇のたくさんの女性たちが出てくるのですが、誰も彼も本当に魅力的に描かれています。
そもそもわたしは、ヴェネツィアという場所のことはほとんどテレビで見たくらいの知識しかありません。
イメージの中のヴェネツィアは・・・水の都。運河に水路が行き交う。ヴェネツィアカーニヴァル(謝肉祭)。仮面舞踏会。
メンデルスゾーン。無言歌の中のベニスのゴンドラの歌たち。ポケモン映画。cobaさんのアコーディオン
そんなわたしなのに、読み始めるとまるで見知らぬ地、ヴェネツィアが自分のかつて住んでいたところであったかのような存在感を持って迫ってきます。
仮面をつけてカーニヴァルに出かける人たちの息遣いや、行き交うゴンドラのオールの音まで聞こえてきそうな気がしました。
普段は外国の方の名前を覚えるのが苦手で、映画を見ていてもちっとも登場人物が頭に入ってこないわたしなのに、この物語ではひとりひとりの人物があまりにも魅力的で、まるで知り合いみたいに大好きになりました。
何よりも恐れていたのは、この物語を読んだことで、大好きなヴィヴァルディのイメージが壊れたらイヤだなあと思っていたのですが、まったくそんなことはなく、彼の周りにいた女性たちの目を通して描かれているヴィヴァルディがあまりにも魅力的だったので、ますます好きになりました。
物語では最初に亡くなってしまったところから始まるので、ヴィヴァルディ先生はピエタ慈善院の司祭であり、音楽教師をしていたという事実くらいしか予備知識として与えられてません。
だんだんに読み進めるうちに、登場人物たちから、彼の横顔がだんだんにつまびらかになってゆきます。
ピエタに捨てられ育てられている孤児たちも、外から習いに来る子どもたちも、才能さえあれば同じような待遇で音楽教育を施され、ビバルディは彼女たちにインスピレーションを得てたくさんの曲を書いたのだそうです。その中で主な作品のひとつがあの有名な調和の霊感(調和の幻想とも言われてますね)で、彼率いる“合奏・合唱の娘たち”の音楽活動がピエタ慈善院の金庫を支えていたのです。
主人公は、かつてピエタの前に捨てられ“合奏・合唱の娘たち”のひとりで、今はピエタの金庫番をしている独身の中年女性エミーリア。
同じ孤児出身で音楽的才能にあふれたアンナ・マリーア、音楽を習いに来ていた貴族の娘、ヴェロニカ、ピエタで薬草の知識をたくさん得て、薬屋さんに嫁いで長く幸せに暮らしている元孤児のジーナ。
ビバルディ先生が心から愛していた高級娼婦のクラウディアさん。
ゴンドリエーレ(ゴンドラの船頭さん)のロドヴィーゴさん。
そしてヴィヴァルディ先生の妹さんたち。ザネータさんとマルゲリータさん。
ヴィヴァルディの音楽の類まれなる表現者ジロー嬢と何十年もひたすら妹のために尽くしてきたお姉さんのパオリーナさん。
これらの人々はみんな一様にヴィヴァルディが亡くなったことを嘆き悲しみ、自分の人生でも別の何かを背負っていて、ままならない毎日に翻弄されつつ、満たされないものにつぶされそうになりつつ、それでも凛としてヴェネチィアで生きています。
一見あまりにも境遇の違うそれぞれが、だんだんに心を通わせ、それぞれの境遇に共感のあまり涙したり、一緒に何かをなしとげ、気持ちを共有し、ある時は意外な頼りがいのある一面を発揮したり、思い切った行動で友人を助けたり。
接点のなさそうな人たちがひとたび交流を持つことによって、あちこちで無類のしあわせが広がってゆきます・・・
読み終わると、こんな世の中だけど、人と人が出会うこと、深く知り合うことを怖がらないでいたいと心から思います。
誰もがシニカルだったり、かたくなだったり、意地の悪い弱い側面を持ちつつも、一方で同じ人たちが心に深いやさしさをも持っていて、ここぞという時に惜しみなく友人に手を差し伸べる。
わたしは勧善懲悪的な世界観があまり得意ではないので、こういうお話がとても好きでした。
物語の途中で回想シーンが出てきて、それは主人公のエミーリアと親友の才能あふれるアンナが、ほんのまだ幼いころ、ヴィヴァルディ先生と一緒にバイオリンで遊ぶシーンがあるのですが、そのシーンの愛おしかったこと。
「君たちのバイオリンは楽しいですっていう音が廊下に聞こえてたからね。きみたちはなかよしなんだね。」と先生。
そしてその場で先生がふんふんふんと口ずさみ、アンナに「なかよしの曲、弾いてごらん?」といいます。
さらに違うメロディーを口ずさみ、今度は主人公のエミーリアに。そうやって即興で今彼女たちだけのために先生が作ってくださった曲で遊ぶ小さい女の子ふたり。そして和声の美しさは楽しさあってのものなのだと気がつく主人公。
このシーンはわたしにとっても忘れられないものとなりました。
音楽との大切な出会いは、かくも美しく印象的なものであったらどんなに素敵なことでしょう。
そして直後の大好きな一節

ヴィヴァルディ先生は、ともかくそんなふうに呼吸っするみたいに、なにかを吸い込んだら、吐き出す時には、すべてが音楽になっている人なのだった。

につながります。
物語全編を通して、ある楽譜にまつわる謎解きという側面を持つこの話ですが、すべての謎が解けた解き、静かな感動に包まれます。
ド派手な演出も、びっくりするようなどんでん返しもないですが、あまりにも結末が素朴で美しく、人間の素敵さ、音楽というものの素晴らしさ。
音楽は才能がある人だけのためのものではない。すべての人にとって平等にそばにあるものであり、ヴィヴァルディ先生は自分の関わるたくさんの人たちのその誰のなかにも音楽を見つけ、友とする手助けをしてくれたのだと気がつきます。
そばにいつも音楽があることのしあわせを心から実感することができます。
この本は売ってしまったりせず、手元に置いて何度も何度も読みたい本だと思いました。
子どもたちやオットや、父にもぜひぜひ貸してあげたいです。
これを読んでクラシック音楽大好きな父がなんて言うか聞いてみたいです。