ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

 [日記] 「グーグーだって猫である」

 昨日は雨の中豊洲ららぽーとに行ってグーグーだって猫であるを見てきました。
 一日中雨が降ったりやんだりだったので、家にいたらきっと何もしないで過ごしてしまいそうだし、お出かけをしたのは正解だったかも。わたしの仕事が4時スタートだったので、友人たちには申し訳なかったのですが、朝一番の回を見てきました。
 すごくはりきって出かけていったくせに、やっぱりどこか抜けているわたしは、映画館に入るときにすでに大ボケを…友達と3人で出かけたというのに、前の友達がチケットカウンターに入った瞬間に隣のカウンターも空いたので、吸い込まれるようにそのブースに入ってしまったのです。
 「『グーグーだって猫である』を大人一枚」と言ってお金を出した瞬間に、友達に引っ張られて「ねえ、3人で来ているのに別々に見るつもり!?」と笑われて初めて「ああ、そうだった!!」と気がついたという…(笑)最近ますますやることなすこと、どこかヘンなわたくしでございます(笑)
 映画を見た後は、海がよく見えるレストランでランチを食べたのですが、灰色の雲がいっぱいに広がっていて決して天候はいいとはいえなかったのですが、それでもやっぱり海はいいなぁ。何時間でも眺めていられる気がします。
 あの海を見ながらお台場のtankに何度も通ったことなども思い出して、ふとせつない気持ちになったりもしました。
 とはいえ、友人たちとみんなが好きな音楽の話とか、最近始めた仕事や趣味の話とか、いろいろと話ができて充実した時間が過ごせたと思います。
 さて、ここからは映画本編の感想です。
 共演者に森三中がいたり、上野樹里ちゃんとともに「森四中だー!」なんてワイドショーで言っているところが印象に残っていたので、コメディータッチなのかなぁ?なんて思っていたら、そうでもありませんでした。
 哲学的?とも思えるシーンがあったり、人や猫の生と死など現実的なテーマがあちこちに盛り込まれていて、静かに考えさせられるお話でした。
 ネコが人と比べて何倍ものスピードで年を取っていく…というあたりまえの事実についても、じっくりと考えさせられるシーンがあって、ペットと生きることのしあわせだけじゃなくて、お別れまで含めたいろいろなことや、飼っている本人が病気で先に逝くかもしれないと思ったときに、じゃあネコはどうするの?とか…いろいろなことを考えさせられました。
 そんな重たいテーマがありつつも、その重たい部分はファンタジータッチでオブラートにくるまれていたり、主人公を巡る穏やかに楽しい日常のひとこまも丁寧に描かれているので、それほど暗いジメジメした映画にはなっていません。
 吉祥寺という街が、繁華街と住宅地と緑地が混ざった場所だというのもあって、余計にネコと人、それぞれの目線から見た街の光景はかなり違っていて、映画全体が不思議な空気を醸し出していたような気がします。
 高校時代から吉祥寺や井の頭公園が大好きなわたしとしては、あちこちに出てくる街の景色がなつかしくてキュンとしました。
 桜の頃の公園とか、何度も何度も歩いた景色が美しく映像になっていたし、「いせや」とか「サトウのメンチカツ」とか、「ロンロン」とか、学生時代によく行ったようなチープでおいしい居酒屋の数々とか、それはそれは郷愁を誘われる風景をたくさん見ることができてしあわせでした。
 主人公の麻子さん役の小泉今日子さんはとても抑えた演技で、アイドルキョンキョンのイメージとはかけ離れた役柄でしたが、とても好感が持てました。
 アシスタントの子の恋と彼女の決断とか、そのあたりの話はそれはそれで面白いのですが、映画としてのまとまりを考えると、猫たちの一生と麻子が生きるということの関わりにもうちょっと焦点が絞られていたら、もっとよい映画になったような気もします。
 とはいえ、アシスタント役の上野樹理ちゃんのとても魅力的な演技も見れたし、加瀬亮くんや森三中もすごくほのぼのといい感じに絡んでいましたし(やっぱりわたしは美幸ちゃんが好きみたい!彼女のぽよよ〜んとしたおなかに抱きついたり、単純にあのかわいい笑顔をもっといっぱい見たいなぁ!)細かいことはまっいっかという感じ。
 そうそう、この作品が最後となったらしい林直次郎くんが、演技も歌もとっても上手でちょっとびっくりしました。
 一緒に映画を見た友達が平川地一丁目のファンなので、時々話を聞いたり、CDを借りたりしたこともありましたが、彼が今後完全に芸能界を離れてしまうのだとしたら、ちょっと残念だなあと思いました。