ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

2022 猛暑の奈良旅 その2 壷阪寺はテーマパーク!?

今回、大和八木を出て天川に上がる前、壷阪寺に行くことを決めていました。

笑い飯哲夫のおもしろ社寺めぐり」というBSよしもとの番組と出会ったことがきっかけでした。

bsy.co.jp

こんな素敵な番組があることを知らずにいて。

10年以上前、ふぇるまーたで仲良くなった関西のお友達、sayuさんに教えていただきました。

(いつもありがとうございます!)

正直、我が家のテレビでBSよしもとが映ることも知らずにいて(笑)

哲夫さんも名前をかろうじて知っていたくらい。

そんなオットと私ですが…

見始めたら哲夫さんの神社仏閣に対する見識の深さにすっかり虜になって毎週録画。

とても楽しみにしています。

旅に出る少し前に壷阪寺を特集していて、その後天川の日もあって。

我が家のためにあるんじゃないか?くらいのテンションで、思わず壷阪寺も行ってみようということになったというわけです(笑)

さて。

その昔、旅のガイドブックをパラパラとめくっていたら、高尾山薬王院に触れて「まるで仏教のテーマパークのような場所」と書いてあるのを読んだことがあります。

今回行った壷阪寺もまさに仏教というテーマに沿ったテーマパークさながら。

とても広々としていて、多種多様に見どころ満載でした。

むしろ満載過ぎてとてもまとめきれない…と、まずはWikipediaを検索したら…

壷阪寺というのは通称で、南法華寺というのが正式な名称だとはじめて知りました。

ja.wikipedia.org

なんと703年に創建されたとされるのだそうで、その歴史にびっくりします。

平安時代に京都の清水寺が「北法華寺」と呼ばれていて

それに対してこの壷阪寺は「南法華寺」と呼ばれていたのだそう。

本尊の十一面千手観世音菩薩は眼病封じの観音様として親しまれ眼病に霊験があるといわれ、お里・沢市の夫婦愛をうたった人形浄瑠璃『壺坂霊験記』の舞台として有名となった。

1961年(昭和36年)には日本で最初の養護盲老人ホーム「慈母園」が建てられている。他にも国の内外で福祉事業を展開している。

1964年(昭和39年)から(先代住職が行ってきた)インドでのハンセン病患者救済活動への尽力に対する返礼として、インド政府から提供された古石を使用して1983年(昭和58年)3月に完成した「天竺渡来 大観音像」は、高さ約20m、総重量1,200トンの壮大なものである。

その他、インド渡来のものとしては、「天竺渡来 佛伝図レリーフ」、「天竺渡来 大石堂」などがある。

敷地の中に盲養護老人ホームが併設されていたり。

インドのハンセン病救済に尽力した歴史が大講堂に掲げられていたり。

福祉事業にとても力を入れているお寺なのだとわかります。

ああだから、ご本尊が「観音さま」なのだなぁと、なんだかとても納得です。

個人的にエキゾチックなお顔の石仏が数多くあったところにも心惹かれました。

インドとの交流が盛んなこともあり、他のお寺ではなかなか見ることができないお像がたくさんありました。

チケットを買う時、たまたま今なら「壷阪寺入山 本尊お身拭い特別拝観の共通券がある」と聞いたので、せっかくならとそちらにしました。

仁王様はかなり長きに渡りここを守って来られたのだなあという風情。

腕から先が朽ちているようだったり、痛みが激しいところもありましたが

いかにもお寺をお守りされているという強くて怖いお顔、とても迫力がありました。

ご本尊は十一面千手観世音菩薩さま。

「祈った後で撮影タイムを設けますから。」とお坊さん。

そして本当に「はい、どうぞ」とにこにこと撮影の時間を作ってくださったので撮らせていただいた一枚がこのツイートの画像です。

そして手拭いはこんな風に袋に入れてお持ち帰りさせていただきました。
この観音様はとても素晴らしかったですが、他にも本堂内はぐるっと仏像や宝物の宝庫。

博物館の展示?というくらいたくさんあって、一つ一つとても興味深かったです。

本堂を出ると、三重の塔や石仏の数々が見えて、一つ一つ巡っていきます。

ちょっと見づらいですが、三重の塔のすぐそばに長い長い石の壁画があって。

お釈迦様が生まれる前から入滅されるまでが石仏に表されています。

これがインドから贈られたという大釈迦如来石像(壺阪大仏)↑

これは大涅槃石像↑

こちらは長い階段を上がったところにある大観音石像↑

圧倒されたり感動したりしつつ、よく歩いてあっという間に時間が経ちました。

ちなみに当日こんな風にツイートしてました。

まだまだ紫陽花が残る小路を抜けて歩くのも楽しかったです…猛暑でしたけど、笑。

そして、この絶景!!

奈良一望のこの景色がどんなに見たかったか。

(というか…いつだって見たいと思いつつ暮らしてます、笑)

思えば2008年、清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちで、剛さんの奈良のライブに参加したことがきっかけで奈良に通い始めたのでした。

修学旅行以来の奈良。

かの地は最初「推してる人が好きな場所」

どうしてそんなに彼がかの地に惹かれるのか知りたい…という認識だったのが…

大事な友とたくさん出会い、集い、語り合った場所でもあり。

奈良の方々と出会い、ふれあい、癒しや刺激をいただいた場所でもあり。

旅のたびに多数の仏像や神社仏閣を回りはじめ。

風土や歴史にも興味を持ち。

どんどん奈良そのものへと興味が広がってゆき。

行くほどに強烈に奈良に魅せられてはや14年です。

思えば遠くへ来たもんだ!!!

巡り合えた幸せを噛みしめつつ、いよいよ次は山へと上がります。

ついでに発掘した2008年の初奈良旅から帰ってきた時の日記を貼っておきます。

今も続く友人たちとの触れ合いや、さまざまに奈良に抱いた気持ちを思い出します。

ずーっとずっと心の友で、わたしにとっては師匠的存在。

さまざまな心の在り方を教えてもらった旅友、ショコラ嬢はお元気かしら。

ここ数年、お互いの家族や仕事の都合で行動できる時間帯がすれ違っていて。

最近全然逢えていないけれど。

いつかまたじっくり逢いたいし、一緒に旅もできたらいいなぁと夢見てます。

fermata.hatenadiary.jp

2022 猛暑の奈良旅 その1 

6月に入ってから、不意に思い立って奈良行きを決めました。

6月29日~7月2日まで。

3泊4日の旅です。

そもそも春が過ぎた頃からオットがソワソワし始めて。

「今年はいつ奈良に行く??」とずっと言っていて。

わたしは最近月曜から土曜までびっちりピアノだし。

小さい子たちのレッスンは、やっと順調に回り始めた子たちがいっぱい。

せっかくのいい状態を自分でぶち壊すのはイヤなので(笑)

しばらくムリ!とずっと断っていました。

なぜかスケジュールが空くわけないと思い込んでいて。

ある日、生徒に振替の相談を受けて、6月と7月のカレンダーを見ていたら…

6月は水曜日と木曜日が5回、7月は金曜日と土曜日が5回あるではないですか!

誰にも迷惑を掛けず、水曜日から土曜日までお休みできる滅多にないチャンスです。

しかも今のところどの日にも振替が入っておらず、それまた奇跡のよう。

きっともたもたしているとまた行き損なうよね!?

これからKinKiのライブや玉置さんのライブやサマソニもあるんだよね?とオット。

気づけば秋になっちゃうよ?

そりゃそうなんだけどさ。

梅雨時だし、旅先では毎日雨かもよ?

雨の天川、雨の奈良…風情があっていいんじゃない?

そんなことを言っていた日もあったのに。

日程が近づくにつれ、あれよあれよと猛暑になり(笑)

まだ本格的な夏になる前に…と出かけたつもりの奈良旅が

猛暑のサバイバル旅になってしまいました(笑)

奈良盆地を歩いた3日目、4日目がことさら暑いであろうことは想定の範囲内としても。

山の上の天川村でさえ午後は33度くらいまで上がり。

はじめてかの地で汗だくになりました(笑)

びっくりです。

しかも山にいた2泊3日、ついに一度も雨が降らず。

道の端の草も側溝も完全に乾いていて、川の水量も若干少な目だった気がします。

さて。

この旅の目的の半分は、前回「絵」を譲っていただく際にお世話になった懐かしいみなさんと、単純にまた逢いたいなぁという気持ち。

気づけば我が家の天川旅は、いつしか里帰りのような様相を呈してきました(笑)

オットもわたしも転勤族のサラリーマン家庭だったので

「ここ」という「田舎」がないのです。

そんな私達にとって「心のふるさと」ができた幸せは言葉では言い表せません。

おさらいのために、前回のいきさつを書いた日記を貼ります。

もうそれは読んだという方は飛ばしてくださいね。

fermata.hatenadiary.jp

この日記です。

この時お世話になったみなさまに、もう一度ちゃんとお礼を言いたいねとオットもわたしもずーっとずっと思っていたので、最優先はそこでした。

そこで…早朝家を出て、東京駅でまず東京みやげを選ぶところからスタート。

これから旅に出るという人が、旅先で渡す東京みやげを買う不思議(笑)

意外と早く買うものが決まったので、スタバでコーヒーを飲んでいたら、目の前にこのポスターがあるではないですか!!

「いざいざ奈良」まさしくです。

テンションが爆上がりで画像を撮り。

勢いでTwitterにあげてしまったのですが、公共の場所だし一歩間違えると自分が映り込んじゃうしで、とても中途半端な画像になってしまいました(笑)

そして新幹線に乗って京都を経由して、まずはレンタカーを借りるべく、近鉄特急で大和八木駅へ。

ちなみにこの日の車窓からの富士山。

富士山はほとんど雪もなく、すっきりとした姿で鎮座してました。

最後に。

前回日記に書いた時に「手に入れられた絵をちゃんと見たいです!」と言っていただいたので、下記インスタに我が家の守り神さま、版画たちの画像を上げました。

リビングや階段を昇り降りする途中でこれらの版画を目にするたび

心はいつも瞬時に「天川」へと飛んでいきます。

こういうのをご縁って言うのだろうなぁ。

ちなみに絵は4枚あって、2枚目から4枚目は我が家にて額装しました。

 
 
 
 
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エモい考

ピアノを教えているので、幅広い年代の人と話をする機会が日常的にあります。

中でも生徒の中で最も多い年代は小学生なので。

このくらいの年代の子たちがどんなものにハマり、どんなものが好きなのか常にリサーチしています。

今現在爆発的に流行ってる感じなのが、その昔散々我が子たちがハマった「たまごっち」。

こういうのって何十年もしてまた流行るんだなぁと不思議な気持ちで見ています。

ここ何年か、根強い人気の「すみっコぐらし」。

シール、カレンダー、グッズも充実してます。

サンリオで言えばシナモンロールクロミちゃん。

うちの教室はなぜか虫好きが多いので、オオヒラタクワガタとか、アトラスオオカブトとか、虫の名前…

流行りのゲーム、流行りの歌…知ってると会話が弾みレッスンもスムーズに運びます。

レッスンの中で音楽の話をする時も、なるべくその年代の子どもたちに響く言葉で伝えたいと思っていて。

あまり「正しい日本語」にこだわらず、流行語も積極的に取り入れるようにしています。

その筆頭が「エモい」です。

最初あまり意味がわからないながらも、なんとなく語感の良さと、わかりやすいに違いないというくらいの感覚で使い始めたら…

この言葉がとても便利だし、音楽と親和性が高くて。

すっかり定番になってます。

あれっ!?エモいを知らなかった頃は一体なんと言っていたんだろう?というくらい、とてもとても便利な言葉です。

出会った曲が心を揺さぶってならない時。

懐かしい時。

しみじみして。

泣きそうだ。

ノスタルジーを感じる。

ヤバイぞ!!

さびしい。

HAPPY!

哀しい。

どんな感情にだって使えるし、ああ大きく心が動いたんだなぁというのが伝わりやすい気がするのです。

気づけば生徒に合わせて…ではなくて、自分の意志で多用し始めていて、焦ってます(笑)

こんな風にさまざまな感情ひっくるめた表現って他にあるのかなぁ?

音楽を聴いて感じることは人によって少しずつ違うし、呼び起こされる感情もさまざまです。

だからついつい使ってしまうのだなぁと納得してしまいます(笑)

たとえばうんと小さい子なら「夕暮れのすべり台」という曲がとてもエモいです。

帰っておいで~とママが呼んでいて。

トマト色の夕陽が美しくて。

子どもたちはもうみんな家に帰ってしまい、ひとりぼっち。

ああ、もう一回だけすべり台に乗りたいな。

ほら、エモい。

小学校低学年なら、田中カレンさんの「星の動物たち」

おひつじ。やぎ。おおぐまこぐま。りゅう。星のうた。

どの曲もどこか郷愁を誘われて、とてもとてもエモいのです。

もうちょっと大きくなって、平吉さんの「虹のリズム」

「夏の夜のハバネラ」「見つけられたいたずら」「ススキの葬列」「秋の光に落ち葉が舞って」

うーん。エモいとしかいいようがない曲たちです(笑)

さらに大きくなって、ショパンブラームス、ベートーベンやモーツァルト

ドビュッシーやリスト…

ほらほら、エモいの宝庫でしょ!?

でも「エモい」という言葉がない時代でも、感動を表してましたよね~!?

とにかくたくさん言葉を重ねていたのか?

それともいい表現があったのか?

再度自分に問いかけてみて。

ひとつだけ思いついたのが「いとをかし」でした(笑)

清少納言さん!!!

もちろん音楽を聴いたり弾いたりして「いとをかし」とはなかなか言わないけれど。

汎用性の高さから言ったら最も近い言葉じゃない?

そして最近表現に困ると、この言葉をTwitterで多用しているわたしに気づきました(笑)

そこで思い出されたのが、この方のこの本です。

そういえば、買ったものの「積ん読」になっているではありませんか!!

今こそ読みごろかも。

次に読む本はこれにしたいです。

 

 


Amazing Love

月曜日は日付が変わる直前に寝落ちてしまいまして。

目が覚めたら世界が一転、薔薇色に変わってました。

別世界…

KinKi Kids、新曲発売です。

まずはラジオを聴いて。

制作プロセスの話からすでにワクワク。

音源に入って。

初っ端の「ら~ら~ら ら~らら♪」でいきなりハートを鷲掴み(笑)

ひゃーん!!これ、めっちゃいいやん!!!となって(笑)

結構長く流れた音源初聴きのあと、こうつぶやきました。

友人とも言い合ったのですが、少年の頃に出会い、大人になったふたりがさまざまな紆余曲折を経て得たもの。

予測不能な出来事が起こるたび、試行錯誤を繰り返し積み重ねて来た過去からの今。

ふたりとも今やっと、自分の人生を丸ごと受け入れた感じなのかもね…なんて。

そんな話をしてました。

達郎さんがご自分のアルバム関連のインタビューで「自分の使命」というような話をされていたけれど、KinKi Kidsもまたそれを感じる年齢になって。

「全うするということを意識し始めたのかも」と友が言い。

うん、まるっと賛同!!確かになぁと思ったのでありました。

尊い

ラジオでも新曲の音源からも、今現在のKinKi Kidsの充実っぷりが伝わってきたような気がしました。

ふたりが自然に同じ方向を向いていて。

どちらもムリなく持てる力を発揮して。

そして素晴らしい作品を世に出せる喜びに満ちていて。

なんて素敵な光景でしょう。

さらに今だけじゃなくて、ふたりの思うこれからのKinKiのビジョンもちゃんとふたりの間で共有されていて。

そこに向かって確かな一歩を踏み出してる。

未来への希望を感じたのはそういうところも含め…です。

そんなことを感慨深く思いつつも、実はわたしはもうひとつ、強烈に思い出していた過去の番組があって。

それは紅白よりもだいぶ前。

2013年、KinKi KidsでSONGS初登場のワンシーンです。

番組の中で、ふたりにとって少年の頃の共通の思い出。

LOVELOVEの打ち上げをしていた焼き肉屋さんでロケをしてて。

肉を焼きつつ思い出を語る2人のシーン、みなさんは覚えてらっしゃいますか?

最近、拓郎さんのラジオでも、とても素敵な思い出としてこの焼肉屋さんでの出来事を語ってらしたことと併せて思い出しました。

拓郎さんはこの焼肉屋さんで、まったく心を開いていなかったKinKiのふたりから、焼き肉をお皿に乗せて勧めてもらったことがとてもうれしくて。

そこから全面的にふたりに心を開いて彼らと親友になったというお話をされてました。

おっと話が逸れちゃった。

KinKi KidsのSONGSで語られた話でした。

この焼肉屋さんでの会話は、ずっとわたしの心の奥深くに引っかかっていました。

光一さんは当時あまり自分で曲を作っておらず。

産みの苦しみとか、そんな話をしていたように思います。

ファンとして共作は大好きだし、光一さんの書く曲はとてもキャッチーで普遍的、美しいから。

あまり自分で書かなくなっちゃったのは残念だなあと思う気持ちもあるけれど。

一番大切なのはご本人の気持ちだし。

違う方法でもいくらでも楽しませてもらっているのだし。

光一さんには曲作りをあんまり負担に思って欲しくないなぁという気持ちと。

光一さんの非凡な曲作りの才能に最も身近なところで気がついている剛さんだから。

剛さん的にはまたいつか…という気持ちが常にあるんだろうなぁと思う気持ちと。

なんだか番組を見ていて、さまざまな気持ちが沸いてきたシーンだったのでありました。

そして光一さんの発言を聞いて剛さんが言ったことがまた強烈に思い出されます。

「(光一さんが)自分はポンポン曲を作る才能がない”と、はっきり言えるというのはある意味すごいことだなと思う。

ただそういう人間が作る、強いメロディーっていうものを僕は信じてる。」

うまく説明できなくて、ニュアンスですけど、こんな風に言ったの。

光一さんは決して多作ではないかもしれないけれど。

いつかまた生み出されるであろう光一さんにしか創れない強い作品。

それが世の中に出る日を、この人はちっとも疑っていないのだなぁと思ったの。

すごいエールではありませんか。

さて。

時は過ぎて…

「Amazing Love」ではメロディーではなくて詞を生み出し。

詞とメロディーをふたりが分担分業ではなくて。

ふたり一緒に作品を生み出すという…

これまでにない新しいページがドラマチックに開きました。

こういうことが「自然に始まっていく未来」が訪れたんだなぁという感慨。

このSONGSの時から約10年の時を経て生まれた詞の素晴らしさよ!!

剛さんが大喜びで自慢していた光一さんのひらめきによる「マジックタイム」というパワーワードは確かにとても強くて新鮮で。

曲が生まれる経緯や、曲紹介の時の光一さんの声のトーンがとても弾んでて。

剛さんが信じた未来は、光一さん自身の意志で本当に訪れたんだなぁと思いました。

さて。

昨日午前11時、予告通り楽曲情報が解禁になり、公式サイトが更新されました。

タイトル:「Amazing Love」

☆「Amazing Love」
作詞:KinKi Kids
作曲・編曲:山下 達郎
ストリングスアレンジ:室屋 光一郎

 

☆「Midnight Rain」
作詞曲:竹内 まりや
編曲:武部 聡志

 

☆「HEART」(通常のみ)
作詞曲:KinKi Kids
編曲:斉藤 伸也(ONIGAWARA) / Gakushi

実は先日来、山下達郎氏の記事やラジオやテレビ番組がなぜか目に入ってきて、プチ達郎さんブーム?という感じだった我が家。

その先にこんなサプライズが待っているとは思っていなかったので、いろいろとびっくりです。

まりあさんのバラードも新鮮でとてもとても楽しみだし。

KinKi 競作の「HEART」が堂々と山下夫妻と並ぶ未来ったら!!

その曲にはブンブブーンのテーマソングの時にもKinKiさんと共に制作にかかわったGakushiくんも編曲陣に入っているではないですか!!!

Gakushiくんっぽいテイストも入っているのかなぁ。楽しみだなぁ。

さらにさらにですよ!!
初回盤Bの特典には、なんと山下達郎さんご本人とバンマス建さん率いるKinKi バンドのセッションが入っているというではありませんか!!!

な~んてワクワクする話でしょう。うれしいな!うれしいな!

ここまででも十分ですが、ファンクラブ盤にはなんとあの元旦ライブもまるごとついているという…
(今午前11時になるやいなや、予約しました、笑)

なんだかいろいろいっぺんに来すぎていて、あわあわするばかりですが(笑)

せっかくの25周年、がんばってついていくのだ!!!

あぁ楽しみ♡♡♡

トゥリーさん♪

この画像は家族が必ず毎日見る場所(すみません!小声で言います。トイレです、笑)に貼ってある我が家の6月のカレンダーです。

砂漠の猫トゥリーさんのワンショットです。

えっ!?なぜ砂漠に猫?と思われる方、ちょっとその疑問は置いておいてくださいね。

あとで書きます。

この写真をよく見ると気づかれることと思いますが、トゥリーさんは赤ちゃんの頃、やむなく足を一本切断していて、3本足の猫です。

足を失うことになったのはとても不運で気の毒なことでしたが…

実際に彼について語ろうと思う時、ネガティヴな形容は不似合いです。

いつも颯爽としていて「砂漠の爆走男」とでもいう感じ(笑)

一緒に暮らしている「はなももさん」に名前を呼ばれ、砂漠を疾走して突然画面に現れる動画が浮かぶくらい、元気でカッコイイ印象の猫です。

眺めているだけで元気をもらえる猫なので、うっとおしい6月にぴったりです。

一昨日の朝、わたしはこんなツイートをしました。

そうしたら…

数時間後にご本家が動画と共にこんな風にツイートされていて、その偶然がとてもうれしかったので、思わず日記にしてます。

このトゥリーさん、気のいい兄貴分の猫でもあって。

ちょっと気難しい小さい猫と遊ぶのが上手です。

根気よく構ってあげて、心を開かせてる名人なの。

そんな一面もあって、とても魅力的です。

砂漠を無心に疾走するトゥリーさんはひたむきでとても美しいです。

元気とか、しあわせとかって基準はどういうところにあるんでしょうね?

彼が今日も元気に砂漠を駆けていると想像するだけで、勇気が湧いてくるのはなぜでしょう。

ああどうぞ、今日も一日彼が、そして世界中の生き物が健やかでありますように。

ちなみに。

過去幾度となくふぇるまーたで「ははももさん」について日記にしています。

たとえばこれ↓

fermata.hatenadiary.jp

いつの日記だろう?と思ったら5年前でした。

簡単にはなももさんが書かれた本の紹介の文章だろうと思ったら…

意外と長い日記でした。懐かしい(笑)

途中からレッスン日記になってるし!!

当時1年生だったりーちゃんという生徒のことが書いてあって。

彼女に「らくだ」という曲の理解を深めてもらおうと、はなももさんの本をレッスン室に持ち込んだことが書いてありました。

今も「らくだ」は初歩の小さい子に人気の教材です。

あの頃のりーちゃんは、引っ越しのストレスでなかなかに扱いがむずかしくて大変だったのですが、不思議とこの砂漠の動物との暮らしの本が大好きで、ひとしきり本を見てからだと、すんなりレッスンへと入って行けてた気がします。

そんな彼女も今は6年生。

すっかり落ち着いて静かにピアノを楽しみ、音の仕組みやルールを知る楽典も大好き。

妹や弟の面倒をよく見る、何にでも全力投球の素敵な12歳になりました。

おっと話が逸れちゃった。

ちなみに…

はなももさんのツイログはこちらから↓

twilog.org

そして。

さらに古い記事ですが、彼女が紹介されている記事を貼っておきます。

www.huffingtonpost.jp

心惹かれる世界観、心惹かれるピアノ

昨年の秋にまとめて預かった生徒たちが、少しずつレッスンに慣れてきました。

わたしが新しい(小さな)生徒たちと絆が出来て来たかな?という頃によくやってみることがあって。

それは不意うちでレッスンでやっている曲や一緒によく歌う曲、リズムゲームで使う曲を鼻歌を歌ってみる…というものです。

ほとんどの生徒が「虹が虹が~♪」と小声で歌うと「空にかかって♪」と続きから一緒に歌ってくれたり。

「ミドミド ミソソ♪」と歌えば「ファレレ ミドド」と返してくれることに気づきました。

これはとてもいい兆候です。

学校や家では知らないはずの、でもうちのピアノ教室では必ず初期に歌う曲たち。

「ピアノランド」の中の曲を鼻歌しても、ちゃんとついてきてくれたらもう大丈夫。

仲良くなってレッスンがうまく回り始めた目安にしてます。

たまたま昨年秋に預かった子たちのほとんどが、前の教室で挫折した子たちだったので。

すでになんらかの問題を抱えていて。

「ここでダメならピアノはやめます!」とおっしゃったお母さまもいて。

最初とても身構えたりもしましたが。

拍子抜けするくらいすんなりと相性が合ってすくすく育っている子もいれば。

最初から崖っぷち。ず~っと崖っぷち。

「週に一度くらい、ここに来て遊んでやってもいいよ?」

くらいのテンションで通って来てたコもいて。

やりたいことには食いつくけど、それ以外にはまったく興味を見せない子もいて(笑)

あの手この手でまずはピアノの前に座らせるところからスタートして。

思いつく限りの楽しい音楽遊びをやってみて。

その中にちょっとだけ大事なエッセンスを入れて。

時間を細かく区切って飽きないレッスンを心がけてはいましたが…

やはり近道はないわけで。

さまざまに難儀してました(笑)

唯一の救いは、やめたいとか、もう来たくないとか言う子はいなかったこと。

楽しんでくれてるのはうれしいけど、もうちょっとこっちの話も聞こうよ?とか。

「一歩進んで二歩下がる~♪(古っ!!)の繰り返し(笑)

でも、残念ながら近道なんてないのだよ!!!(笑)

とはいえ時間はあっという間に過ぎてゆき。

やっと向こうから繋いでくれた手を、さりげなく少しだけ手繰り寄せ。

次回はまたもう少し…と根気よく手繰り寄せているうちに…

幼稚園児たちは無事小学生になり。

あたりまえですが、一年生は二年生に、二年生は三年生になり…

たいていのことは時間が解決して(笑)

クラス替えや環境の変化に弱い子たちも、6月になってやっと落ち着いて来た感があって、ほっと一息です。

やっとどのレッスンも「ピアノのレッスン」らしくなってきたところなので(笑)

わたしも俄然やる気が出て、レッスン動画を見てみたり。

教本についてコーチングについて、毎晩のように勉強をしています。

さて。

夕べもあちこち動画を見ていたら「かてぃんさん」こと、角野隼斗さんの動画に行き当たりました。

この方については昨年のショパンコンクールでさらに有名になられたので、ご存じの方も多いことと思いますが、一応Wikiを貼っておきます。

ja.wikipedia.org

本当に多才な方だなぁと読んでいるだけでため息が出てしまいますが…

一方で個人的に現代のショパンっぽいイメージも持っていて。

ふわっとした髪型やビジュアル全体が醸す雰囲気。

どこか都会的で洗練された印象は、肖像画ショパンともどこか似ているし。

演奏そのものが、とても繊細でノーブルなイメージ。

芯の強さと脆さや儚さの両面を持っていそうだし。

いろいろ総合すると、コンクール出場者の中でも、かなりショパンの魂に近そう?と思っていたのです。

普段どんな活動をされているかはあまり知らなくて。

もしかしたら、イメージだけかも?とも思っていたら。

共にショパンコンクールを闘った(ご本人たちが親友と公言されている)反田さんが、角野さんと初対面の時の印象についてこう語ってらっしゃいました。

「初対面の時の角野くんは、段ボールに入った(捨てられた)子猫みたいだった」

妙に納得がいくたとえでした(笑)

ナイーヴで人見知りな印象だったのかな?

そんなところもショパンその人と、とても印象が近いかも!!

それからは、ショパンをイメージしようとするとあの音楽室に貼ってあった肖像画ショパンではなくて、角野氏が浮かぶようになってしまいました。

いやいやいや(笑)

彼の音楽についてとか、ショパンコンクールや、出場者のみなさま方について書き出したら止まらなくなりそうなので(笑)

今日はそこにはあえて触れずにおきますが…

(日本人の出場者だけをとっても、みなさまあまりに魅力的なピアノを弾く方々だし、人となりもとても魅力的だったので、角野さんが特別というわけではないです。)

たまたま昨夜見つけたのが「千と千尋の神隠し」の劇中音楽全編バージョンで。

わたしは元々この「千と千尋の神隠し」の音楽が大好きで。

楽譜もレベルを違えて何種類も持ってます。

夜中レッスン室で、自分でしんみりと演奏するのも大好きだし。

いろいろな演奏を聴き比べたりするのも好きです。

そういえば、最近こんなのもありましたよね。

www.huffingtonpost.jp

この演奏も本当に素敵!ワクワクしながら聴いたものだし。

少し大人の階段を昇りつつある生徒に紹介して、曲として仕上がっていくのを隣で見ているのも大好きなのですが…

この昨夜見つけた角野氏の演奏の素晴らしさと言ったら!!!

特に、スローテンポで音の数が少ないところの、ひとつひとつの音色や表現が素晴らしく好みでした。

昨今は、ストリート系のピアニストがたくさん脚光を浴びていて。

少し動画サイトで検索したら、山ほどそんな方々の名演奏が出てくるので。

生徒たちの中にもそういう動画を好んで見ている子たちが多いです。

「速弾きしてナンボ!」

「バーン!どうだーっ!!」

「全力ピアノ!行くぞ!」

どうも、そんなスタイルがもてはやされ、動画も山ほど上がってますけれど。

そういう動画に中途半端に影響を受けてしまうと、弾けてないのにやたらガチャガチャと早いテンポで挑んできたり(笑)

音を投げつけられているように感じて「まるで戦車???」「怖いよ!!」と思ったり(笑)

「それじゃ、聴き手置いてきぼり…」と思うことが意外に多い気がして。

まずは暴走列車かジェットコースターか?という勢い任せは置いといて。

音数が少ないところで、隅々まで一音一音大切に響かせて。

じっくりと聴かせることができるようになってからでよくない?

その音がレガートで繋がり、自然とテンポが上ってきて。

音楽としてまとまった時に最大限の威力を発揮して、美しくて感動を与える…

そういう順番ってあると思うよ?

な~んてことをくどくど言わなくても。

見てごらん?

聴いてごらん?

で、ちゃんと通じるような気がした、角野さんの演奏でした。

かといって、角野氏は決して情緒過多でもなくて、すべてがちょうどいい塩梅で。

隅々まで冷静に神経が行き届いている感じ。

ああ好きだなぁ。

いろいろと感じ入ってしまいました。

ひとつひとつ零れ落ちた音の粒から、溢れだす情緒。

いとをかし♡♡♡

というわけで、あまりにも素敵だったので、共有します。


www.youtube.com

白河ラーメンの儀 そしてクリームボックス

先日の福島遠征で、とても印象が残ったもののひとつに白河ラーメンがあります。

出かける前に福島在住の仲良しさんが「とら食堂」がオススメですよ~とおっしゃっていて。

それならぜひ!とかなり早めに家を出て、張り切って行ってみたのですが、残念ながら長期休み中。

残念(涙)

ということで、急遽ガイドブックに載っていたここ↓手打ち中華「よしだ」さんに行きました。

tokuhain.arukikata.co.jp

その時にお店からツイートしたのがこれです。

久しぶりにとてもおいしいラーメンを食べて大満足だったのでありました!!

きっとライブが終わるまで何も食べられないなと思ったので、いつもならなるべくシンプルなラーメンを選ぶところ、思いきって「特製手打ち中華」という「さまざまな具全部乗せ」みたいなボリューミーなものを頼んだのですが、大正解でした。

このお店はチャーシューが特徴的なのだそうで、一枚一枚全部部位が違って何種類も乗っていることにびっくりしたり。

煮卵やワンタンもとてもていねいに作られていて、さまざまな味がします。

そして手打ち麺がスープによく絡んでおいしいことと言ったら♡

おいしいね~しあわせだね~と言い合いながらあっという間にラーメンを堪能して。

帰り際、外へ出てみると通りを越えて向こう側に大きな木がありました。

道を渡って近くまで行くと、転寝(うたたね)の森という立て看板がありました。

見渡す限り続く田んぼの中に、ポツンと大きな木があります。

近づいてみると一本の木ではなくて、何種類かの木が絡まるように、肩を寄せ合うように並んでました。

慌てて撮ったので、決していい画像ではないですが、雰囲気は伝わるかな?

ちょっと気になる木たちでしょ?

そして近づいてみるとこんな立て看板がありました。

どんなことが書いてあったかざっと紹介すると…

「江戸時代後期に完成した白河風土記によれば、源義家陸奥に下った際、林の下でしばらく休み、うたた寝をしたことからこの名前がついた」

「かつては林だったのが白河風土記が編纂される頃には杉が2本と桜の若木二株が残っているのみだったそう。」

根元にある石碑には阿部正方の

「いにしえのもの見の杉も跡たえて、名のみぞのこる うたたねの森」

の歌が刻まれているのだそう。

この地でうたた寝をした義家は平安時代後期1039年の生まれの武将で。

その後この句を詠んだ阿部正方は1848年生まれと言われていて、江戸後期の大名です。

そしてそこからさらに170年後。

たまたま通りすがったわたしたちが、阿部正方と同じ気持ちで「かつての森」だったところに残る木を眺めている不思議。

なんという長い歴史でしょう!!!

短い時間でしたが「あれなんだろう?」に導かれて、偶然に出会えた大きな木。

心に残る出来事でした。
他にも白河旅の思い出はたくさんあって、どこでも地元の方々がとても細やかに親切にしてくださって、いい思い出しかないのですけれど。

とりわけこのラーメンやこの景色がとても心に残ったので、おみやげに白河ラーメンのセットを買って帰りました。

そして。

賞味期限をみながら、家族全員が揃う日曜日の夜をにらみつつ、少し前から準備を進めて、無事昨晩を迎えました。

その記録画像たちをInstagramに貼ったので、記録として残しておきます。

 
 
 
 
 
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焼豚は「よしだ」さんのように、さすがに何種類もの部位は無理としても、せめて複数種類をと思い、豚バラと肩ロースを500gずつ買ってきて、オーブンで焼きました。

「よしだ」さんのチャーシューはスモークだったのかな?

とても香ばしくて食欲をそそるいい匂いだったので、我が家の焼豚は大概圧力なべで作るのですが、今回はあえてオーブンで焼いてみました。

1キロも作ったのは、前日の夕飯にも使いたかったからで、土曜日の夜は焼き立て熱々のチャーシューをチョレギサラダと共に食べたのですが、こちらもまたおいしかったです。

そして昨晩、満を持してラーメン丼の中へ。

ワンタンはスープ付きのインスタントのを買って来ちゃうのが常だったのですが、皮だけ買ってきて、家にあった豚のひき肉100gとネギで簡単にできちゃいました。

つるんとした喉ごし最高!これはあと半分残してあるので、冷凍してあって、次はワンタンスープにしたいです。

メンマもまた、手作りしてみたら意外に簡単でおいしかったこと!!

ビールのつまみにぴったりだね!と好評だったので、来年筍の季節にまた作りたいと思います。

そして味玉は半熟にして3日間漬け込みました。絶品です。

これもまたあと2こずつあるので、今日明日と食べる楽しみを残してます。

そんなこんな、家で作ったラーメンとしては破格に手が込んでいたせいか(笑)

家族も大喜び。

ちぢれ麺がスープにとてもよく絡んで最高のお味でした。

ご馳走さまでした。

ありがとう福島!!!

さて。

もうひとつ。

福島と言えば、ENDRECHERIライブ前にラジオに送られた郡山の方からのお便りで知ったクリームボックスについて少しだけ書きます。

福島でのライブは、少し前に起きた大きな地震のために日延べされて、場所も郡山から白河へ変更になりました。

郡山に行くつもりで楽しみにされていた方々もたくさんいらしたことと思います。

そんな方のおひとりが剛さんのラジオにメールを送り、クリームボックスという郡山のソウルフードを紹介されていました。

「郡山にいらっしゃるなら、ぜひ食べてみてください!」

そんな内容だったと思います。

このお便りがあまりにも心に残っていて。

さらに、わたしの友人も郡山なら行けたのに、白河になったがために行くことが叶わなくなってしまったという事情があって。

その行けなかったみなさまの代わりに、わたしたちの参加が叶ったともいえるわけで。

なんだかとても複雑で哀しい気持ちが心の底に生まれてしまい。

それがどう心の中で変換されたのか

「なんとしてもクリームボックスを手に入れて味わって帰ろう!」

というのが今回の旅の陰のテーマになってしまいました。

しかし。

わたしたちは翌日、絶妙に郡山から少し逸れたところを観光していて、本物クリームボックスにはついぞ出会えず(涙)

そこでせめてもと買って帰ったのが、下のツイートに書いた「クリームボックス」っぽいおみやげの数々でした。

オットも隣で、なんだかわからないけど、妻が結構切実にクリームボックスを探しているらしいと察し、高速の道すがら、サービスエリアのたびに寄ってくれて。

そのたびいろいろ買ってしまいました(笑)

そしてそして。

この中のクリームボックスケーキ。

そろそろ賞味期限が近づいてきたことを知り、日曜日のおやつに家族みんなでいただいたら…これがまた、びっくりするほどおいしかったのでした!!

ふわっふわのスポンジケーキの上にクリームボックス風の白いクリームが載っているのですが、甘みも風味も絶妙で、とてもやさしい味。

どこか白河の印象とも似てました。

中途半端だった心の中が、わたしのちょっと変な方向へ行ってしまったクリームボックスへの執着が(笑)

このクリームボックスケーキにより完全に成仏したような気がしました(笑)(笑)(笑)

(BGMは「瞬き~するたび 大切なものが消えてゆく~♪」という剛さんの歌声入りで読んでくださいね、笑。天魔さ~ん!!!)

次回ツアーがある時は、リベンジの郡山開催がありますように。

そして本当に音響がよかったので、白河でもまたENDRECHERIが見たいです。

ということで昨日、我が家では3週間の時を経て、福島まつり第二弾が無事開催されました。

楽しかったなぁ、福島旅!!!