ふぇるまーた2

かたよらず、こだわらず、とらわれず。好奇心のおもむくままにどこまでも。

 『地球よ』 9月6日 (裏)編

 タイトルだけ見て検索してこられた方がいらっしゃいましたら、前日の日記を読んでいただければと思います。
 こちらのエントリーはライブそのものの感想とはちょっと離れ気味の個人的嗜好に基づいた感想です。
 KinKiとかつよしさんに興味がないと「わけわからん」な文章かと思いますので、それでもOKな方のみ続きを読むからどうぞ
 わたしは、東儀さんのコンサートを見たのは初めてですが、今回の『地球よ』コンサートでは、東儀さんはできることはなんでもご自分でなさっていました。
 演奏面でいえば、笙や篳篥だけじゃなく、ピアノを弾かれたりエレキギターにハーモニカみたいに和の楽器を口の脇にセットして現れたり、ラップをしたり、それはそれは大活躍でした。
 ここのところ、わたしの頭はまだまだ記憶に新しいケリーに占領されてしまっていて、はなはだしくもったいないことに、「美我空」ツアーのことを遠い昔のように感じている事態が起きていたのですが、東儀さんのコンサートが進行するにつれ、なぜか頭の中に「美我空」という言葉が浮かんで浮かんで仕方ありませんでした。
 東儀さんがご自分の頭の中に描かれている「美しいご自分の空」の景色、世界観をわたしたち観客に見せてくださっているような感覚に捉われてならなかったのです。
 そしてその世界観は、どこか剛紫さんやつよしさん、ケリーのそれとも重なる部分があって、面白いなあと思いました。
 たとえばエコへの思いだったり、旧き良き日本の再発見だったり、旧いものを深く見つめることによって見えてきたより新しいものを創造する独創力だったり。新しいものに切り込んでいくことに対して恐れたりしない強い心を持っているところも似ているように思いました。
 そんなコンサートを見ていたら、この方々がお互いに引き寄せられてE☆Eのイベントや薬師寺で、またCDの中でコラポすることになったその心がちょっとだけわかったような気がしました。
 先日友達がフジテレビの朝の情報番組の中で東儀さんの特集をやっていることを教えてくれて、偶然その番組も見ることができたのですが、この中では更に「子育ては現在の生きがい」とおっしゃっていて、幼いお子さんと一緒に遊んでいる姿も放映されました。つよしさんもいつか子どもが生まれたら積極的に子育てに参加したいなんてことを言っていたなあと思いだしました。
 また、グッズのデザインをご自分で手掛けることを楽しみにされていたり、何年も古澤氏との共演をあきらめず、ついにその念願を果たされた話もなさっていましたが、ジャンルにこだわらず、様々な可能性を辛抱強く探るその持久力とか行動力に対しても、すごいなあと思いながら、「やっぱり似ている」と思って眺めてしまいました。
 そうそう。1曲ごとにMCが入って、説明せずにはいられず、何気にサービス精神旺盛だったり、まじめ語りの合間にもちょいちょいジョークをはさみこんだり、そんなところでも友達と顔を見合せて「やっぱり!」と目で話したり(笑)
 雅楽というご自分にとって原点な場所のことももちろんとても大切にされているからこそ、一方でこういう自由なコンサートも「アリ」なのでしょうし、そういう風にいくつも場所を持っている人なれではの面白さも存分に感じることができた気がしました。
 一方で長いおつきあいだとおっしゃっていた、古澤氏との音楽的なコラポレーションやトークでの絶妙なハーモニーもまた、とても面白かったし、(表)でも触れましたが、おふたりのそうはいっても品の良いおぼっちゃん風のやりとりは、ちょっとKinKiにも通じるところがあって、そんな目線でも喜んで見ていたわたしたちは、コンサートの後、めっきりKinKiが恋しくなって、ご飯を食べながらKinKi話に花を咲かせておりました(笑)
 東儀さんは宮内庁で10年間きっちりと仕事をされてからこの世界に入られた方ですし、古澤さんもまた、桐朋学園をご卒業後も海外に渡られてざまざまな一流の学校で勉強を重ねられ、腕をしっかりと磨かれた方です。
 古澤さんと東儀さんは正反対の音楽的素地を持ちながら、その部分を失わず、さらにお互いが出会ったことで、新しい大きな扉を開かれた方たちだということが、パンフレットやMCを聞いてよくわかりました。
 東儀さんのピアノはすごく美しいソステヌートで演奏されていたのですが、手の形もきれいだったし表現もクラシック的な感じでしたので、独学だと聞いて心底びっくりさせられました。
 そういう音を出したり、表現の仕方なども古澤さんをはじめとして様々な演奏家さんと触れ、その音楽に影響を受けたり学んだりしながら自然と培われたのだろうなあと思ったのです。
 一方の古澤さんは、東儀さんの「午後の汀」の二胡の音色や東儀さんの篳篥の音色に触れるうちに、今まで学校で習ったセオリーにはなかったやり方で表現するという手法を覚えられたそうです。
 たとえば大学で今までこれこそ「正道」と思われていたことがある日突然ひっくり返ることが十分にありえることは歴史が証明しています。(ビートルズが現れて作曲の手法の禁則が変わった話なんかは、日記にも書いたことがあると思います。)
 そんな話をしていたら、「人と人との素敵な化学反応により、もっと素敵なものが生み出される瞬間」というようなことが頭に浮かんで、「そりゃ、まさにKinKi Kidsの世界だ!!」なんて風にも発展して考えるに至ったのでした。
 そんな理屈っぽい話は別としても、ストラップとチャームを大切そうにふたつ並べてお買い上げになっていたご婦人とかを見ていると、やっぱり大人数やソロもいいですが、「ふたり」っていう独特な世界も素敵だなぁなんて思ったりもしましたよ(笑)
 というようなことをとりとめもなく思ったので(裏)という形で追記しました。
 実は、たとえば何かを見た時に、どうしても自分の好きな世界のことを思い出して、共通点を見出して楽しんだりすることって意外とあると思うのですが、こうやって公開している場所であまりに何を見てもどこへ行っても強引にそこに話を持って行ってしまうことには抵抗があって、日記には書かずに終わっていたことが数多くありました。
 今回たまたまある友達とそんな話をしたら、「単純に分けて書けばいい話じゃない!?」と目から鱗なことを言われたのです。
 なるほろ〜っ!!
 というわけで、試験的に表裏と分けてみたのですが、これがうまくいけばこの手法でもっといろいろいけるかも!?と新しい可能性を感じております。
 とはいえ、読み手を不愉快にさせることは本意ではないし、やっぱり(裏)はない方がいいんじゃ!?と思う方もいらっしゃるかも。そういうのは苦手と思われましたら、どうぞタイトルにご注意の上、お好きな方だけを読んでくださいね。
 両方読まなくても大丈夫なように、気をつけながら書いていけたらと思います。